恋煩 6
恋煩 6








「ここが拠点B?」


部屋に入ると、夜神は意外そうに辺りを見回した。


「マンションだな。それも結構普通の」

「はい。一般人に紛れるというコンセプトですから」

「いや、そういう意味じゃなくて、Lにしては、という事なんだけど」


ここは都内のタワーマンションの最上階、セキュリティは一般人の住宅としては最高レベルだろう。
ただ広さはさほどはない。せいぜい百平米か。
だがそれ以外に広めのバルコニーとロフトもあるので、二人で暮らすには不足ない。
リビングを抜けた奥のベッドルームに案内すると、夜神は荷物を下ろした。


「暮らす?ここで?」

「はい。CIAに引き渡しはしませんが、あなたを家に帰す訳には行きません」

「でも」

「納得行きませんか?『僕はキラじゃないのに』と?」

「おまえだって、そう言ったじゃないか。だからCIAに、」


私が軽く睨むと、さすがに口を噤んだ。
確かに私はおまえがキラではないと言ったが、それは建前だ。
その位分かっているだろう?


「夜神くん。二人で暮らすにあたって、クリアしなければならない条件が一つあります」

「怖いな。『L』の条件だなんて」

「いえ。非常に一般的な事です。全てのカップルに当てはまる事かと」


夜神は眉を顰めたまま口の両端を上げて、続きを促した。
私は出来るだけ穏やかに笑いながら口を開く。


「お互いに誠実である為に、家では隠し事は無しの方向で」

「……パラドックスだな」

「そうなりますね」


即その反応とは、さすがだ。
そう。
隠し事無しという事は、夜神は「自分がキラである」事を私に告白せねばならない。
だが私が彼を匿う決心をした理由は、「夜神月はキラではない」という一事に他ならない。

隠し事をしてはここに居られないが、告白しても居られない。
さあ、この局面をどう打開する?
夜神月。


「……それは、
 『僕がキラじゃない事をおまえが納得するまでは僕達の関係はお預けだ』
 と言った事に対する仕返しか?」

「……」


私は噴き出しそうになってしまう。
そうだな、あれもパラドックスだった。
おまえがキラだという証拠を掴むために、おまえを落とそうとしていたのだから。

その時私は何と返答した?
思い出そうと頭を捻っていると、夜神は冷たく私を見返しながら続ける。


「僕達の間で、そんな問答は無意味だろう。
 というか、そんな下らない事で僕の優位に立ちたいのか?」


今度こそ、私は笑った。
合格だ。夜神月。
殆どキラだと認めながら、私自身の建前を前面に押し出し、探偵と犯罪者という関係を白紙に戻す。
確かに本音だろうし隠し事もない、悪くない切り返しだ。


「『ごちゃごちゃと煩いですね。さっきから』」


だったな、確か。
昨夜のパラドックスに対する私の反応は、「相手にしない」だった。
今、夜神がしたように。


「ええ、あなたの言う通りです。私がマスター、あなたがスレイブという立場を固定させて下さい」


冗談じゃない、と言い返してくるかと思ったが、夜神は微笑して


「具体的には?」


と問い返しただけだった。
やはり相当な自信家だ。


「あなたは、私だけを見つめ、私に従って下さい。
 そして出来れば常に私を求めて下さい。発情した牝犬のように」

「……」


さすがの夜神も、目を見開いて少したじろいだようだが、すぐに薄笑いを取り戻す。


「そういうプレイが好きな訳?」

「プレイではありません」

「……」


夜神は頭痛を堪えるように少しこめかみを押さえた後、溜め息を吐いた。


「ええと。まず、状況を整理しよう」

「はい」

「おまえは、僕がおまえを愛している、故にキラではない、と仮定してここに連れてきたんだよな?」

「まあそうですね」

「確かに僕はおまえを愛している」

「……」


思わず眉を顰めてしまう。
私がそう判断したし、言ったのだが、本人の口から聞くと何故か胡散臭い。
何の策略だ。


「だが僕が愛したのは、僕を愛しているおまえだ」

「……はぁ」

「おまえは間違いなく僕の事が好きなんだよ。
 演技だったなんて言い訳が通らない程にね」

「さっきから、愛だの好きだの恥ずかしくないですか?」

「誤魔化すなよ。認めろよ。
 牝犬みたいに発情してるのは、おまえの方だろう?」


ニヤニヤ笑われると先程の涙は何だったのだと嫌味の一つも言いたくなるが。
発情しているのは確かなので、聞き流してやる事にする。
このタイミングで敢えてベッドによじ登ると、夜神の眉が微かに上がった。


「そうですね……あなたに対するこの感情が、一体何なのか私にも正直分かりませんが」

「多分それが恋愛感情というやつだよ」

「だと仮定するなら、遠からず醒めるという事になりますが?」


夜神はまた顔を引き攣らせる。
手を差し伸べると、躊躇いながら近付いて来た。


「……醒めない恋という物も、あるんじゃないか?」


私に手を引かれ、ベッドに押し倒されても抵抗一つする訳には行かない。
その中でせめてもの口答えだろう。


「さあ……経験した事がないので分かりませんが、聞く限りでは恋は必ず醒める物。
 その後、穏やかで継続的な愛情に変化する事もあれば、不倶戴天の敵になる事も珍しくないとか」

「……」

「確かに今の私は、いつもの私ではない。狂っていると言っても良い。
 でも、いつもの私に戻った時、後悔しない選択をする冷静さは保っています」


夜神のシャツを剥ぎ、その未通女のような乳首を舐めた後軽く噛むと、夜神は一瞬眉を顰めた後笑い出した。


「本当に、そう思っているのか?」

「……」

「自分自身がキラだと疑う男を、こうして匿って抱いて、それで後悔しないと?」


顔を上げると夜神は、挑戦的に私を見下ろしていた。


「後悔しません」

「!」

「私は満たされています。肉欲も、保護欲も、独占欲も」

「……」

「それに取り返しの付かない事でもない。
 私が正気に戻ってあなたがキラだと判明したら、改めてCIAかICPOに引き渡せば良いだけの話」


夜神は名状し難い表情をした後、目を閉じて枕に頭を落とした。
そして何故か、私の頭を抱き寄せる。


「……おまえも、家では嘘は吐かないんだな?」

「はい」

「分かった」

「そうですか」

「それまでは優しくしてやるよ」

「……」

「本気でそう思っているとするならば、おまえはとても可哀想な奴だから」

「……」


苛立ちとも後悔とも付かない、何とも言えない感情に苛まれる。
それをぶつけるように荒々しく夜神の身体を蹂躙すると失神したが、それでも射精はしていた。
今は、当分は。
我々にはお互いの肉体が必要なようだ。






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