The last question 4 「どうかしましたか?」 「……」 「ああ、最後の質問ですか?ギリギリですが受け付けますよ」 「いや……もう、答えが分かったから、いい」 「じゃあ何ですか」 「お別れの、ハグだよ。西洋式だろ?」 分かったからいい、か。 「最後の質問をさせなかった」と言った時は、夜神はまだ答えを得ていなかった。 その後の短い会話に答えが含まれていた、「質問」……。 ……キスしてくれないか? 質問ではないな。 ではやはり、 「あなたの質問を当てても良いですか?」 「いいよ」 「『Lは夜神月を許しているのか』ですね?」 「はずれ」 私が眉根を寄せたからか、親指を噛んでしまったからか、 夜神はくすりと笑った。 それにしても中腰のこの体勢、そろそろ辛い。 「Lは夜神月を、まだ憎んでいるか、だよ」 「ずるいです」 「何が」 「あなたが既に答えを得ているという条件が、虚です」 「同じ事だろう?おまえは僕を、許してないし憎んでる」 「いいえ。許していませんが、憎んでもいません」 「それは……矛盾してる!」 「矛盾しません。この先あなたが素晴らしい善行を積んだとして。 それでも許す気はありませんが、尊敬したり好意を寄せたりはすると思います」 「竜崎」 突然、背中に回された手に力が加わって、 再び夜神の上に倒れ込みそうになった。 その前に彼がベッドの上に起きあがって私を支えてくれたが。 「竜崎、」 「私は、」 竜崎ではないLだと、言う前に夜神が言葉を継いだ。 「竜崎、連れていってくれ!」 「は?」 「楊月亮(ヤン・ユイリャン)って僕の事だろ?」 夜神の為に用意しておいたパスポートも、見られたか。 まあ当たり前だ。 「どうしたんですか、急に」 「僕も竜崎の奥さんと息子に会いたい」 「いやいやいや……というか無理でしょう、その足では」 「大丈夫だ、多分おまえが思ってるよりは歩ける」 夜神はやっと私を離すと、ベッドから降りて、ゆっくりではあるが 滑らかな足取りで部屋を一周して見せた。 「……いつから、私を騙してたんです?」 「最初は本当に腰が抜けてたんだ。 目の前に自分が殺した亡霊が現れたんだからね」 それでも歩けないほど足が弱っていなかったという事は、最近まで 萎えないように気を使っていたという訳か。 となると昨夜の、殆ど錯乱していたという話も怪しくなってくる。 あの状況で……。 全く、この人の精神力は……。 「何の意味があって歩けない振りをし続けたんですか?」 「意味なんかないよ。ただ、おまえに奉仕して貰うのが楽しくてね」 「相変わらず性格が悪いですね」 でも何故か腹が立たない。 健康体のくせに、この私に身の回りの世話をさせるなんて。 前代未聞だ全く。 「おまえが監視も付けないで先に帰ると言ったのは、 僕に、着いて来るのか来ないのか選ばせてるんだと思った」 「そんな深い意味はありませんよ」 「そう?でも僕も、おまえに選ばせようと思ったんだ。 『おまえ』は、僕を、欲しいのか。欲しくないのか」 「……それで、最後の質問ですか」 「ああ。おまえが僕を憎んでいると言ったら、それが本当でも嘘でも 一緒に行くべきじゃないと思った」 私は、昨晩夜神が「今晩が最後」と言った時に別れが決まったと思っていた。 だが夜神にとっては、私がさっき「あなたを許した訳ではない」と言った瞬間、 キスをした次の瞬間、だったのだ。 また、綱渡りだ。 私が夜神の最後の質問を当てようと、しなければ。 私の答えを、夜神が正解としてしまっていたら。 いや、私が夜神を起こさずに出発してしまったら。 私たちの道は二つに分かれ、二度と交錯する事はなかっただろう。 良かった、と胸を撫で下ろしてしまっている自分がいる。 確かに私は夜神を惜しんでいる。 確かに夜神を欲しいと思っている。 その胆力、その精神力、勿論その頭脳。 その外見も、きっといつか役に立つ。 「なあ、一緒に行ってもいいだろ?」 「……四十秒で支度しな」 「四秒で充分。ラピュタについたらまずはパジャマを買ってくれ」 私の精一杯のジャパニーズジョークを軽く流して夜神は、 手櫛で髪を整えながらドアに向かう。 「服で寝かせたのは謝りますが、それは、」 「あと三十秒」 やっぱり置いて行ってやろうかと思いながら、私も私なりの早足で歩き始めた。 --了-- ※洗顔と歯磨きは空港でするそうです。
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