The last question 2
The last question 2








「『N』の捜査は歯がゆくなかった?」

「いいえ。ニアにも私が生きている事は隠していましたから
 情報は入りませんでしたし」

「負けた僕が言うのも何だけど、ニアは温かったよ。
 魅上がヘマをしなければ、僕の勝ちだったと今でも思う」

「そうかも知れません」

「もし僕がニアを殺して、新世界の神になっていたらどうした?」

「どうもしません。私は世界がどうなろうと興味ありません。
 あなたが法になったなら、私もあなたに従いましたよ」

「相変わらず嘘つきだな。良く喋る」


ニヤリと、偽悪的に笑うがその顔は「キラ」というよりは「夜神月」だった。
私と手錠に繋がれて生活していた頃の、キラの記憶のない夜神月。

勿論今の夜神は完全にキラの記憶を持っているので奇妙な話だが。

キラであった頃の夜神と、記憶を失っていた頃・そして今の夜神、
その違いは何だろう。

記憶の有るなしでもなく経験値の違いでもなく……。

デスノートを、所持しているか、いないか。
死神に、見られているか、いないか。

……誰にも知られてはいけない秘密を、抱えているか、いないか……か。


「安心して良いよ。僕はもう、世界を変えようなんて考えてない」

「そうでしょうか」

「そもそも、デスノートに出会わなければそんな事思いつかなかったし」

「やはり月くんも、世界がどうなるかなんてどうでも良いんですね?」

「……ああ。そうだよ。世界なんてどうでもいい。でも」


やはり夜神は、私と似ている部分がある。
そう、世界なんてどうでもいいというのは嘘ではない。
どんな世界であろうと、ルールがあり、ゲームが楽しければそれで良いのだ。


「でも?」

「おまえに追われている時は……ちょっと、楽しかったな」

「素直です。月くん」


確かに今の夜神には、何も隠す事がないのだろう。
剣呑な内容もあっけらかんと発言する。

夜神が本気を出せば、未だはびこるキラ信者を集めて何とでも言いくるめて
教祖になれる。
合法的に、世界を少しだけ変える事が出来るだろう。

だが、それはない、と今の会話で確信した。

自惚れではない、この私を屈服させる事が出来るような方法でなければ、
夜神は世界を変えようなどとは思わないに違いなかった。


「安心しました。明日は心置きなく出発出来ます」

「Lは……今、どうしているんだ?何をしてる?」

「養蜂業を営んでいます。妻が一人、子どもは男の子です」

「儲かるんだな、養蜂業」

「いえ、採算度外視です。このホテル代などはL時代に稼いだお金で賄います」

「……いいけどね、別に」


何をしているかと聞かれて「言えない」と言えば、またLとして活動していると
言うようなものだ。
まあ、咄嗟にあからさまに嘘臭い嘘を吐いてしまったのは、
夜神に察して欲しいという気持ちもどこかにあったのかも知れないが。


「他に質問は?」

「う〜ん……あと一つちょっと聞きたい事があるけど、いいよ明日で」

「明日は朝早く発ちますが?」

「ああ。だから発つ前に起こしてくれ」

「分かりました。ではこれは、私からの最後の質問です。二つです」

「まだ何か言ってない事あったっけ?」

「一昨日言っていた、あなたが死ななかった理由です。
 死神が書き間違えた以外の推察は、何ですか?」

「愚にも付かないから言わないって言った筈だよ。外れてるし」

「でも聞きたいです」


夜神は大きくため息を吐くと、苦笑を浮かべた。
話してくれるらしい。
以前の夜神なら意地でも口を割らなかっただろうが。


「長い間あんな所に閉じこめられているとね、現実と夢想の境目が
 曖昧になって来るんだ」

「あなたでも、ですか?」

「僕だって人間だ。薄暗くて不潔で昼も夜も分からなくて、
 偶に落とされてくる味のない食べ物を食べるだけの生活には参るよ」


実際は参るなどという生やさしい物ではなかったようだが。


「僕の一番の楽しみだった事を教えてやろうか?」

「はい」

「ごくごく稀に、全ての蠅も羽虫も止まって、あの忌々しいわ〜ん、という音が
 消えることがあるんだ」

「はぁ」

「そんな時にはぴくりとも動かないようにして、息も止めて、その静寂が
 出来るだけ長く続くように祈り続けていた。
 まあ、大概五秒と保たなかったけど」


夜神月の、五秒の天国。
私の質問と関係がある話なのか、それとも話を逸らそうとしているのか、
考えながら私は答える。


「幸せでしたか?その五秒間」

「ああとても。でも、その五秒がなければそれ以外の時間が
 あれほどきつくなかったかも知れないね」

「不幸にならないコツは、一時的な良い思いをしない事ですよ」

「至言だ」


夜神は、そこで何故か面白そうに笑って窓の方を向き、
カサブランカの夜景を見下ろした。
このアフリカの都市も、東京には遠く及ばないが大都会だ。
……夜神の目には、蠅の群と映っているかも知れないが。


「で、それ以外の時間は現実と夢想の間を漂っていた訳ですか?」

「そう。だんだんとね、どうにも今の状況が本当とは思えなくなってきて」

「現実逃避ですか」

「だろうね。まず考えたのは、僕はあの、YB倉庫で死ぬ途中なんじゃないかって事。
 倒れてから死ぬまでの一瞬に、長い長い夢を見ているんじゃないかって」

「嫌な邯鄲ですね」

「きっともうすぐ死ねる、意識がなくなる、それが楽しみでならなかったよ」

「……」

「もっと時間が経つと、デスノートの事すら現実かどうか分からなくなってきた。
 退屈な高校時代、授業中にちょっとうたた寝して、こんなに長くて
 鮮明な夢を見ているんだって、半ば以上本気で信じてたよ。
 目が覚めればいつもの日常、早く先生怒って起こしてくれないかなって」

「……人は、信じたい事を信じる生き物ですから」


なるほど。夜神にとって、自らが置かれた状況を夢とするのは、
甘い甘い逃げ道だったのだろう。
だが、それに溺れれば溺れるほど、信じれば信じるほど
現実に立ち返った時耐え難くなる。

相変わらず外を見ている夜神の顔は見えなかったが、
何となく泣きそうなのを堪えているのではないかという気がした。






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