女か虎か 11 というかちょっと待て。 何だこの違和感。 「今、『月くん』って、言ったか?」 「言いましたね」 「おまえ……今まで二人きりの時は、『夜神くん』って呼んでなかったか?」 僕の指摘に、Lの唇がすっ、と横に裂ける。 嬉しそうだ……嫌な予感が、強まる。 「はい。その通りです」 「どうしてだ?父も、居ないのに」 「ああなるほど。『月くん』と呼ぶのは、捜査本部で夜神局長と区別する為だと 思っていた訳ですね?」 「と言う事は、違うのか?」 Lは、下を向いて目を逸らした。 気不味いからじゃない。 笑いを、堪える為だ。 「違いませんが、他にもあります。あくまでも私の中の区別ですが。 正直なあなたは、私にとっては『夜神くん』だという事です」 「……」 「そして秘密を持った……つまり嘘吐きなあなたは、『月く」 「ふざけるな」 最後まで言わせず遮ると、Lは益々可笑しそうに目を見開いた。 「さっきから何なんだ。男か女かとか馬鹿らしい質問をしたり、」 「それはあなたに記憶があるかどうか試しただけです」 「変な事言ったり、人を嘘吐き呼ばわりしたり」 「……」 「嘘吐きはおまえだ。女の振りをして、人を誘惑して」 Lは……気付いたのだろうか? 僕が記憶を取り戻した事。 いや、そんな筈はない……。 気付かれる前に……始末するべき、か? 考えながら一歩二歩、近付いたがLが逃げる様子はなかった。 「本当に、『振り』ですかね? 部屋は暗かった。あなた、私の体を見ていないでしょう?」 「それは……そうだけど」 「あの日、私達は実はちゃんと男女として繋がっていました。 あなたの顔に掛けたのは、隠し持っていた豆乳だったりします」 「……」 「なんて事があるかも知れませんよ?」 ……馬鹿馬鹿しい! それは確かに、あれが本当に精液だったかどうかなんて確かめようがないが…… お前は間違いなく男だった。 まあ今となってはそんな事はどうでも良い。 「……もう騙されないぞ」 「そうですね、私は嘘吐きですから。でも、だからこそ他人の嘘にも敏感です」 僕が近付いても、Lは視線を下方に向けたままだ。 笑って冗談ですよ、と言ってくれないかと期待したが、その気配は一向無かった。 「僕は僕だよ。『夜神くん』も『月くん』もない」 あと一歩。 それで、Lの目の前だ。 「そうでしょうか?」 行儀悪くテーブルに腰を下ろすと、お互いの息が掛かる。 僕の膝の間に、Lの両足が閉じ込められる。 「怖くないの?」 「何がですか?」 おまえの勘が正しいとしたら(正しいのだが)、大量殺人犯と二人きりだ。 僕を追い詰めれば、逆に殺されるとは思わないのか? 「セックス。あんなに痛がっていたのに」 「あなたこそ、怖くないんですか?」 「何故僕が?」 Lが漸く、顔を上げる。 前髪が、僕の顎に当たる。 久しぶりに……いや、初めて至近距離で見たような気がする、 その真っ黒な目。 全てを見通そうとするような、あるいは全てを飲み込もうとするような、目。 僕は不覚にも、恐怖に捕らわれる。 殆ど反射的にその目を閉じさせようと、顔を近付けて。 「さすがに」 「?」 擦れ声で囁かれて、唇に息が掛かる。 甘ったるい匂いがするような、錯覚。 「肌を合わせれば、前回した時と同一人物かどうか、 完全に分かりますよ?」 「……」 唇が合わさる寸前に、止まってしまった僕の腕を引っぱって、 Lは仰向きに倒れた。 結果、まるで押し倒したような形になってしまったが、そんなつもりは全くない。 そんな事よりも。 「……頭おかしいんじゃないのか。僕が双子だとでも?」 「頭の悪そうな苦しい言い訳は良いです。月くん。 キラの記憶があるかないか、に決まってるじゃないですか」 「……だから、僕は、キラじゃない」 「その可能性は……どうでしょう、私が女性である確率と同じ位でしょうか」 「……」 ……Lは、僕がキラだと。 確信したと言うのか? いや、証拠なんか無いはずだ。 でも。 仮にも「世界の切り札」だ、物的証拠はなくともLの確信さえあれば。 僕は……破滅、か? いつだ? いつ分かった? いや、そんな事よりも。 「その為に、僕と寝たのか」 「はい。あなたがキラに戻った時に、それを確認する為だけに」 今……どうする? 殺る、か?
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