女か虎か 6 しかし、以降一ヶ月経っても僕たちの関係は全く進展しなかった。 昼間は竜崎のやる気のない態度に苛々させられて 夜は夜で毎晩蛇の生殺しだ。 あれ以来竜崎はベッドに近付かなくなったが、僕も慣れて 椅子にしゃがんだ竜崎を眺めながら悠々とベッドで眠れるようになった。 それでも、もう限界だ……。 何度襲ってしまおうかと思ったか知れない。 実際、あのキックがなければ既に押し倒していたかも知れない。 竜崎に対するこの感情が、恋着なのか執着なのか、単なる情欲なのか、 正直自分でもよく分からなかった。 ……竜崎は、僕がキラだから無理、というような事を言っていた。 逆に言えば、他のキラが逮捕されて僕がキラでないと証明されれば もう障壁は無いんじゃないか? そんな論理をモチベーションに、僕は頭を絞って捜査を続け。 遂に、株価とキラの殺人の関連性に気付いた。 「キラが心臓麻痺以外でも殺せるとなると……非常に厄介ですね」 その晩、驚くべき事に竜崎は自発的にベッドに入ってきた。 昼間も、僕がヨツバの事を伝えてからはスキンシップが異常に増えていたが。 どうやら、二人の距離はぐっと縮まったようだ。 「よく考えれば、ヨツバの事がなくても推測出来た事だけどね」 「と言うと?」 「キラは死の前の行動を操れた。 少なくとも自殺はさせられるって事だろう?」 「なるほど……頭の良い人相手なら、誰にも遺体を発見されないように 自殺しろ、と指示する事も出来る訳ですね?」 言いながらごろりと寝返りを打って、僕の顔のすぐ側に鼻先を突きつける。 これは……。 彼女の、柔らかい声が耳に直接吹き込まれる。 息が、暖かい。 自分の呼吸音が、うるさい。 唐突に……自分の理性が瓦解していくのが感じられた。 「竜崎」 「はい?」 僕も横を向くと、近すぎて顔が見えない。 少し顔を振れば、鼻と鼻がぶつかるだろう。 唇と唇の距離も、数センチ。 いや、これは距離と言える距離ではない。 もう、口づけたも同然……。 そんな事をとりとめも無く考えながら、僕はキスをしようという意識もなく、 ただ唇を合わせていた。 「んっ……」 普段絶対に聞けない、鼻に掛かった喘ぎ声に頭の中がショートする。 良いのか? 良いとか悪いとか、そんな判断に意味はあるのか? いや、駄目だろ。 何故? だって。彼女は探偵で、僕は容疑者だ。 こんな事してる場合じゃないだろう。 関係ない。 こんな事で彼女の僕に対する疑いが、深まる事も無ければ晴れる事もない。 駄目だとしても、引き返せない。 理性なんか、クソ食らえだ。 そんな事を一瞬で考えた後、僕は両手で竜崎の頭と肩を抑えつけ、 ただ深く深く舌を絡めてその口内を堪能した。 「ん……くる、しい……」 だが、拒絶の言葉はない。 彼女も、きっと。 竜崎が僕の頭を押し返し、荒い息を吐いても 僕は唇で触れるのを止めず、その首筋を舐め回した。 僅かに塩辛い、その味は彼女が紛れもなく人間である証拠に思えて。 軽く歯を立てた後、貝殻のような白い耳朶に移動する。 「夜神くん、夜神くん……私、」 初めて聞いた、少し余裕の無い竜崎の声。 それだけで爆発しそうだ。 「何……」 「私……濡れてきてしまいました」 「……!」 目眩がした。 射精しないように下腹に力を込めるのが精一杯だった。 欲しいと、思った。 「触って、くれますか」 「ああ……ああ、勿論」 シャツの裾から手を入れる。 って何かエロいな。 ひんやりした滑らかな肌。 この肌に、僕は溺れる、と強く認識した。 十分に感触を少し楽しんだ後、ジーンズのボタンを外して……。 ……え……。 何だ? この感触。 馴染みの無い……いや、馴染みすぎている、この、 ……え?ええ? 「えええっっ?」 か、かた、固い……。 というか。 思わず体を起こして見下ろすと、ニヤニヤ笑った竜崎。 の、ジーンズの開きから、ちらりと顔を出しているのは。 赤黒く、勃起した男の一物のようだった。 「こんなに濡れて、恥ずかしいです」 ……確かに、先がテラテラと光ってるけど。 え? ええっ? 男……? え、男? おまえ……男だったのか?! ……いつから? いや、いやいや、最初から、か。 そうだよな。 それはそうだよな。 というか。 男と、男とキスしてしまった……。 というか、男と、ベッドの上で……。 固まる僕を、竜崎は何を思ったか引き寄せてぐるりと体を回転させた。 押し倒されて、不味いのではないかと思うが、動けない。 「な、な、」 「何度も誘ってくれたのに、スルーして申し訳ありませんでした」 「いや、」 上手く順応出来ないままに、竜崎にシャツのボタンを外されて前を肌蹴られる。 胸の辺りに口を付けられて、怖い、と初めて思った。 「りゅ、竜崎、あの」 「どうしました?夜神くん。萎えましたね」 「……」 「私とセックスしたいんですよね? 容姿も頭脳も自分好みだと言ってくれましたよね?」 「……」 そう、だけど。 それはおまえが女性だと思っていたから。 とか言ったら傷つくかな。 いや、そんな事よりも。 頭の中がぐるぐると詮無い思考で満たされる。 こういうのを、「テンパる」と言うのだろうか。
|