女か虎か 4
女か虎か 4








翌朝、ソファの上で目覚めると体中がギシギシと軋んだ。
竜崎と言えば僕が眠りに就いた時と全く同じ姿勢で、バインダーを広げている。

ベッドに目を遣ったが、やはり寝た形跡は無かった。


「……おはよう」

「おはようございます」

「寝てないの?」

「キラ容疑者を目の前にして、眠れるわけがありません」

「……」

「と、言いたい所ですが。普通に寝ましたご心配なく」


監禁が解けた事が嬉しく、二十四時間監視されると聞いても
ありがたい位だったが。
この状況は、ある意味以前よりきついかも知れない……。


「おまえのビル、いつ完成するんだったっけ?」

「今日内装終わりと聞いています。
 後片付けも急がせて、明日から入りたいと考えています」

「そこでは、寝室はどうなるんだ?」

「何故そんな事を?」


だって。
昨夜のような事はもうごめんだ。
二人ともベッドで寝れば良いと思うし、別室は無理にしても
せめて別々のベッドで寝たい。


「まあいいですが。基本、ホテルと同じです。
 現在の状況は予想していませんでしたので、一応全室ダブルで」

「は?何故ダブルなんだ?」

「大勢の捜査官が泊まり込む事も想定していたので。
 どんな体型の人が来るか分かりませんし、分かってから手配している猶予が
 あるかどうかも予想出来ませんでしたから」


一応、筋が通ってはいるか……。


「因みに全室監視カメラ付きです」

「!なら、手錠をつけなくても僕を監視出来るんじゃないか?」

「私、以前あなたが部屋の監視カメラの隙を突いてキラの殺人を行ったと考えてます」

「……」


こいつ……!

基本、誠実に濡れ衣を晴らしていこうと思っていたが。
ここまで嫌味を言われると、僕も嫌がらせの一つくらいしたくなって来る。

僕は努力して感情を殺し、大きく息を吸って吐いて肩を竦めると、
努めて邪気の無い顔を作った。


「……まあ、良いけど。おまえと暮らすのも悪くないし」

「そうですか」

「竜崎よく見れば美人だから、役得と言えば役得だね」

「……」


ちょっとした意趣返しのつもりだったが、竜崎は目を剥いた。
笑いたくなるのを堪えて、少し驚いた顔を作る。


「自分で気付いてなかった?
 ノーメイクでも肌きれいだし、目の下の隈さえなければ可愛いと思うよ」

「……月く……いや、夜神くん」


竜崎は改まったように体ごとこちらを向いた。


「確認ですが。本当に、キラの記憶が全くないんですね?」

「全くない。くどい」

「……」


親指の爪を、かりかりと音がするほど噛みながら何かを考えている。
やがて、無言でふいと立ち上がって歩き始めた。
手錠の鎖が引っぱられ、抵抗してやろうかとも思ったが
大人げないのでやめた。




それでも、何十日も恋い焦がれた声を間近で生で聞いていると、
自分でも少し変な気分になって来る。

竜崎も、どこか弛緩した様子になってきた。
ぼんやりしていて、真剣に捜査をしているように見えないが
険が取れて何となく可愛げがあるようにも見えて来る。


「……私はずっと月くんがキラじゃないのか?と考えていたので
 その推理が外れたとしたらもうショックで……」


やっと認めてくれたのか。
と、素直に言っても良いのかどうか考えている間に、すぐに言葉を継ぐ。


「いえ、まだ疑ってはいるんですけどね……。
 だからこうしているんですから」


フォークを持った手を上げて、じゃら、と手錠の鎖を鳴らした。


「私が月くんをキラだと疑うように、キラが月くんを操っていた……
 そう考えると私の中で辻褄が合ってしまうんです」


つまり現在は、僕がキラではないと……少なくとも記憶はないという事は
信じてくれているわけか。

ならば是非本物のキラを……現在のキラを捕まえて欲しい。
いや、僕が捕まえる。

そう意気込んだのに。


「やる気?あまり出ませんね……
 いや、あまり頑張らない方が良い……」

「……」


やる気が、出ない?
仕事ってやる気があるとかないとか関係なく全力で取り組む物だろう?


「必死になって追いかけてもこっちの命が危なくなるだけ……そう思いませんか?」

「……っ!」


……僕を何十日も監禁して休学させて、手錠をつけて監視をして。
そこまでしておいて、必死になっても無駄、だと……?


……僕は。


生まれて初めて女性を殴った。
というか、彼女の性別を忘れていた。
男とか女ではなく、「L」という性別だと、僕はどこかで思っていたらしい。

襟首を掴んで、白い鎖骨やその下が見えてから、はっと我に返る。
もう少しで、胸が見えてしまう……。

その時、内線電話が鳴った。

僕は竜崎を再び殴りかけていた拳を下ろし、内心胸を撫で下ろす。
しかし女性と殴り合いの喧嘩をした事に……後で死ぬほど落ち込んだ。






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