女か虎か 2
女か虎か 2








そんな不毛な日々が突然終わったのは、父のお陰だった。

ミサと共に連れ出され、銃を突きつけられた時は死んだ、と本当に諦めたが。
もうそれでも良いんじゃないかと、心のどこかで思っていた。
最後に浮かんだのは、Lの……竜崎の顔だった。

空砲が鳴り、父が狂言だったと告白した後も現実感がなく、動悸が治まらない。


『私と二十四時間行動を共にし、捜査協力して貰うという事で
 手を打ちます』


フロントミラーの辺りから竜崎の声が聞こえた時、僕は漸く落ち着いた。


「分かった竜崎。一緒に捕まえよう……キラを」




疑いが晴れた訳では無いが、一応解放される事になって。

地獄から、天国。

健康診断を受けて散髪をして、豪華なホテルの一室である捜査本部に戻る。
竜崎以外の皆の反応を見て、僕を本当に疑っていた訳ではない事が分かり、
胸を撫で下ろした。

竜崎だけだ。
彼女だけが、僕を。

仮にも「世界の切り札」だ、彼女の疑いを晴らす事は難しいだろう。
だが逆に言えば、彼女さえ納得させる事が出来れば、僕は晴れて無罪という訳だ。
……しかし。


「ここまでしなくていいんじゃないか?」

「一瞬でも目を離したら意味ありませんし」


恋人でも何でもない女性と手錠で繋がれて、二十四時間過ごすというのは……。
何かと、無理があるよな。

……僕が心配する事でもないが。




色々と気がかりはあったが、「その時」は僕の方が先に来てしまった。


「あの……トイレに行きたいんだけど」

「……」


まさか想定していなかった訳もあるまいが、竜崎は目を見開いて僕を見つめた。


「分かりました」


それから億劫そうにソファから降り、ぺたぺたと先に立って歩いて行く。


「大ですか?小ですか?」

「……小さい方」

「なるほど」


何がなるほどなんだと思いながら着いていくと、バスルームのドアを開け放って
中を指差した。


「ドアは開けて置いて貰います」

「……それはちょっと……少しだけ手錠を外してくれないか?」

「一瞬でも目を離したら意味が無いと言いました」


おまえの時はどうするんだよ!
こうやって開け放って用を足すのか?女性が?

そんな事を思いながら仕方なく便器の前に立つと、洗面台の鏡越しに
外から僕を凝視している竜崎と目が合った。


「鎖、床に付けないように気をつけて下さいね?」

「て言うか、あまりじっと見ないでくれる」

「何故ですか?」

「何故って」


普通、排泄を見られたくはないだろう!


「男同士です、気にしないで下さい」

「……」


ああそうか……。
こんな時の為に、竜崎は男だという事にしてあるのか。
「同士」じゃないだろう、と指摘するのは容易いが、
そのせいで万が一にも監禁生活に戻るような事になっては困る。

僕は仕方なく、出来るだけ彼女の視界に入らないように気をつけながら
用を足した。



竜崎はどうするのだろうと思っていると、平然とコネクティングルームに行った。
僕の時も隣の部屋にしてくれたら良かったのに。

驚くべき事に、扉は開けたままだ。
勿論便器が見えない位置で待機したが、ちらりと、便器の上にしゃがむ所が見えた。
和式トイレで用を足す……的な……?
そんな訳ないよな?


「一瞬でも目を離したら意味がないんじゃないのか」

「あなたのタイミングじゃないので大丈夫です。
 そんな事より、用を足している人間に話し掛けるものじゃないと、
 教わりませんでした?」


そして……細い水音。


「……」


この女……。
頭がおかしいんじゃないか?!


流水音の後、きれいな洗面台で癇性に手を洗っているのを見ながら、
その足下にも違和感を覚えた。


「竜崎はきれい好きかと思ったけど、素足でトイレに入るのは平気なんだ?」

「嫌ですよ。でもまあ、ここは結構きれいにしてあるので」


そう言いながら、畳んで積んであるタオルの一枚を取って手を拭き、
驚くべき事にそのタオルで足の裏も拭ってダストボックスに入れる。


「おい、そのタオル、洗ってまた別の人が使うんだろう?」

「え?このまま捨てるんじゃないんですか?」

「……」


ブルジョアだからなのか単に変わり者なのか。
竜崎との生活では、色々な事に驚かされそうだ。






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