女か虎か 1 僕が初めて竜崎が実は女性なのではないかと疑ったのは、 捜査本部に出頭……というか、自分がキラなのではないかという 疑念を告げに行った時だった。 客観的に考えると、僕以上にキラらしい人間がいる可能性は 信じられない程に低い。 という事に思い至った瞬間、僕は恐ろしく絶望したに違いない。 自分が信じられず、考えれば考えるほど程に苦しくなり恐怖しただろう。 ……推定形ばかりなのは、何故か僕自身がその時の感情を 全く思い出せないからだ。 「僕がキラかもしれない」 竜崎に電話で伝えた時も何のリアクションも無かったが。 直接対峙しても、騒然とする父や捜査員達とは対照的に、彼だけは全く 無表情のままだった。 その事に僕は、何故か少し不安になった記憶がある。 竜崎は自分の推理が正解に近付いた割に不満げだったが、一応 僕を拘束・監禁はする事になった。 「……やるなら今からです。一度も私の目の届かない所に行く事なく」 僕はソファセットで竜崎と差し向かい、監禁の準備が整うのを、 ただ気まずく待ち続けていた。 「と言う事は、殺人の記憶は欠片もないと?」 「ああ……そうなんだ。でも、」 「私の推理を聞いて、自分がキラだとしか思えなくなった」 「……そうだ」 竜崎は僕に何度も同じ事を訊きながら、甘そうなパイケーキを せわしなく口に運んでいた。 同じ物が沢山あったから人数分のおやつだと思ったが、どうやら一人で全部 平らげるつもりらしい。 果ての無い質疑応答に倦んだ僕は、ぼんやりとそれを見つめる。 ……甘い物が好きなんだな……まるで女の子みたいだ。 すると竜崎が突然、ぎろりと僕を睨み付けた。 「男です」 ……ああ、思った事を口にしてしまったらしい。 自分で思う以上に疲れているな。 だが、その事よりも僕は、竜崎の極端な反応に内心驚いていた。 女の子みたいだと言われて、怒るのは分かる。 しかし普通、改めて自分が男だと宣言するか? 明らかにおかしい、という程ではないが、違和感のある言動だ。 ……本当に女の子でもない限り。 「!」 そう思って見ると……フォークを摘む竜崎の指は男性にしては 優雅過ぎるように思える。 声も、テナーとでもアルトとでも言える声だ。 背の高さや化粧っ気のなさから、男性だと思い込んだ。 「流河旱樹」という名前で、すり込まれた。 だが。 西洋人ならこの位の身長の女性も珍しくないし、 他人と会わない生活をしていたのなら化粧もしないだろう。 そもそも人間として変わっているのでノーメイクも不自然ではない。 そう思い始めると、女性にしか見えなくなって来た。 ブラジャーはしていないようだが、常に前屈みなのは胸のラインを 隠す為なのだろう。(それにしても控えめだが) 探偵という職業柄、性別すら隠していたが、今回日本の捜査官に顔を見せるに当たり、 一応男という事にしておいた方が動きやすい、と判断したのか。 Lもなかなか、大変だな……。 その時はそう思っただけだった。 そんな事より、自らがキラかも知れない、という恐怖に頭を支配されていた。 ……多分。 監禁されながら僕は、自分がキラなのではないかと思い込んだ時と同じく 唐突に、自分は絶対にキラではないと確信した。 本当に「ふと」としか言えない。 いくら状況が僕が犯人だと言っていても、全く記憶がないのはおかしい。 そう思うと、誰かにはめられたとしか考えられない。 「僕はキラじゃない!ここから出してくれ!」 『駄目です。キラかキラで無いか判断できるまで、月くんが何と言おうと どんな状態になろうと出さない約束です。 月くんが望んだ事でもあります』 「……確かに、そうも言った。しかし……」 あれ程の大量殺人を犯して。 キラの自覚がないなんて事は、考えられない。 僕が犯人だとしたら、全ての辻褄が合うなんて、あまりにも都合が良すぎる。 誰かに、ハメられたとしか。 『ハメられた……? いいですか。月くんが監禁されている事はここに居る者しか知らないんです。 なのに、監禁した途端殺人は止まった……』 「じゃあそこに居る誰かがキラだ! 僕も一緒に調べる。ここから出してくれ!」 『……』 答えは、ない。 ああ……誰か。 誰か、誰でも良いから、助けてくれ。 父さん、母さん。 粧裕。 西村、山本。 シホ、エミ。ユリ。……ミサ。 ……竜崎。 が、目の前に居たら、誘惑でも何でもして、何とか捜査に加えさせて貰うのにな……。 そんな不埒な事まで考えてから、慌てて頭を振った。 それから僕は、監獄の中で竜崎の声を聞き続けた。 キラの事を考え続けた。 幾日も幾日も、二十四時間、あまりにもLとキラの事を考え続けて、 まるで恋でもしているかのようだ。 何の情報も与えられず拘束されたまま一日が始まり、終わる。 頭の中で同じ思考が繰り返される。 新しい情報が入らないので、枝分かれしたどの道を辿っても、 行き着く先は似たような物だ。 偶にスピーカから流れる竜崎の声だけが、僕に訪れるたった一つの「情報」。 その内容が如何なる物でも関係なく、僕はその声を待ち焦がれ、 ただじっとスピーカを見つめ続けた。 外の世界では、スイッチ一つで見知らぬ映像や音声が泉のように溢れて来る、なんて、 まるで嘘みたいだ。 TVやPCなど本当はこの世に存在しなくて、僕の妄想だったんじゃないか? というか、僕の過去は?記憶は?どこまでが真実なんだ? そんな朦朧とした意識が、唯一クリアになるのが、竜崎の声が聞こえる瞬間だった。 『月くん。 いい加減キラである事を自白して貰えませんか?』 その声によって僕は、自分が夜神月である事を確認し、 日常の記憶が現実であると確信し、 キラ容疑者である事に、自分が拘束されるだけの理由がある事に、 安堵すらする。 そして時間を重ねて、また朦朧として来て……。 そんな終わりの見えない日々を何十日も積み重ね。 僕は、狂いかけていた。
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