LOVE ME TENDER 3 「はい。出目川の時は本当は迷っていました」 「だろうな」 「でも……それまでの神の裁きのご意志の方向を考えると、 神が自ら出目川の動きを許しておられるとは、とても思えませんでした」 「それで裁いてくれたんだな。 あの時僕は、おまえが僕の真のパートナーに相応しいと思ったんだ。 馬鹿な女達と違って、ね」 小さくウインクをされて、男なのに倒れそうになる。 私は日々、恋する乙女のように高田からの電話を待ち焦がれた。 勿論、神に会える日程を知るためだ。 平日仕事が終わってから新幹線に飛び乗って東京に行き、 神に三十分から一時間程お会いし、終電を逃した時はレンタカーを一晩運転し続けて 京都まで帰り、そのまま仕事へ行く。 そんな強行日程も何とも思わない程、私は神に心を奪われていた。 「魅上。少し聞きたいんだが」 その神から、こんなに改まった言い方をされたのは初めてだ。 「はい」 「おまえはそこまで僕を理解するのに、何故僕の事を聞かない?」 「……」 「僕の所属、プロフィール、それどころか未だに僕の名前すら知らない」 「はい」 「まあ、東大の成績や、いつから捜査本部にいたという情報から、 おまえなら調べようと思えば調べられるかも知れないが」 「調べていません。そんな無礼な事はしません」 「僕はおまえの経歴も生活も全て知っているのに?」 「はい」 疑われるかも知れないとは思っていたが、調べていないのは本当だ。 それは、神になら分かるだろうと思った。 「私には、ただあなたが目の前にいて下さるという事実が大切です。 いつか突然連絡を下さらなくなったら絶望するとは思いますが、 そうならないよう、我が身を引き締めるまでです」 「そうか……」 本当は、死ぬほど神の名前が知りたい。 どこで生まれ、何を思って生きてこられたのか。 ……キラ様としての側面だけではなく、私人としての彼の事を もっと知りたい。 だがそれは私の自分勝手な欲望だ。 絶対に表してはならなかった。 「僕はおまえを信じているよ。 おまえは僕の名を知っても絶対にデスノートに書かない」 「勿論です!」 「ああ。だが、この世の名前などに意味はないから言わないが」 「はい」 ……その通りだ。 キラ様はキラ様であれば良い。 いや、神なのだからキラという名前さえ不要と言える。 「それでも、その名前一つの為に父に死なれた時はやはり辛かった……」 「……」 「少し、父の話をしても良いか?」 「はい……」 「父は……僕がこう言うのも何だが、本当に真面目な人でね。 仕事一筋で家族を顧みていないと思ったことがあるけれど、後で思えば 家族にもそれなりに気を使ってくれていたり、子どもだった僕を信頼して 担当していた事件の話などもしてくれていた」 突然始まった思い出話に、一瞬戸惑うが、すぐに背筋を伸ばす。 やはり神は、私の思いに気付いていた……。 私の忠誠心を認めて、神の心の中の一番プライベートな部分を 見せて下さろうとしているのだ。 「仕事と家族の団欒を両立させていらっしゃったのですね……。 お父様も、それを実現出来る程信頼に値するご家族も素晴らしいと思います」 「ああ」 正義感の強い父親の元に生まれた、正義の神。 やはり凡人とは違う、神はそうではなければ。 「でも優等生だった僕も、女性との付き合いだけは彼に隠していたな」 「何故ですか?」 普通の学生としての神を想像するのは困難だったが、 こんな見た目でこんなに聡明な人がクラスに居たら、それはさぞやモテるだろう。 「うん、かなり後進的な人だったから。 結婚前に性交渉を持つなんて、絶対に認めないという考えだったしね」 「でも、お付き合いだけなら良いのでは?」 「その相手と結婚するつもりならね。 実際ミサとの事でも、時代錯誤にやきもきしていた。 ちゃんと男として責任を取るんだぞ、って」 「……」 一般的にはこれは笑う所だろうし、神も私を笑わせようとして こんな話をしたのかも知れないが。 私は笑う事が出来なかった。 ……まるで自分の薄汚い欲望の事を言われているようで。 「私は父の顔も知らないので、少し羨ましいような気もします。 良いお父様だったのですね」 「そうだな」 頷きながら、少し口惜しそうに眉を顰める。 ああ……そうか。 神は私に。 メロを探し出して始末しろ、と仰っているのか……。 喜んで、執行しよう。 こんな事を仰るからには、メロの居場所の目鼻もついているのだろう。 地の果てまで追いかけて、絶対に始末してやる。 「……神の召すままに」 「メロは、もうすぐ日本に来る」 「私も丁度仕事に区切りがつきます。 数日後からでしたら、まとまった休みが取れる筈です」 「それは良い」 「はい。……神、おみ足を」 「ああ……」 靴を脱がせやすいように足を組もうとするのを、手で押さえる。 「今日は、ソファではなく、ベッドで……」 「……また、痛い事をするのか」 「大丈夫です。気持ちよくなって来たでしょう?」 「まあ、上手いのは認めるが」 神は見惚れる程チャーミングに微笑んでネクタイを緩めながら、 自らベッドに向かわれた。 至福の時間が始まる。
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