LOVE ME TENDER 2 「私は嫌な奴で変な奴で、精神病患者みたいだそうだ」 盗聴器が拾っていた音声から会話がなくなり、濡れた気配だけになったので ヘッドセットを外して傍らのワタリに語りかける。 「なるほど」 ……否定しないのか。 「今は濡れ場だ」 「それはそれは」 「……」 五年前のあの日。 私達は、レムと取引をした。 火口が死んで、十三日のルールで夜神と弥の無実が証明された時。 何がどうなっているのか、どうして良いか分からなかった。 そんな事は生涯初めてだった。 勿論、私の推理に矛盾するのは十三日のルールだけなのだから それを破れば夜神=キラだと証明出来るし、その手段もある。 だが……相手は夜神。 当然そこまで予測しているだろう。 つまり、これは罠だと考えた方が良い。 でもそれでは身動きが……。 そんな堂々巡りの思考の中、自縄自縛で過ごしていたが、 キラの方もこんな膠着状態に満足する筈がない。 何とか私に、十三日のルールを検証させようとする筈だ。 それによって私がどんな不利益を被るのかは想像がつかないが。 だがそう考えれば、キラの次の一手が読める気がした。 キラの裁きの再開。 そうなると、夜神がずっと捜査本部に詰めている以上、そのキラは 弥である可能性が高い、と捜査本部の誰もが思う。 弥だとしても、十三日のルールは崩さなければならないから、 私は死刑囚に死刑囚の名前を書かせる等の証明をしなければならなくなる。 下手をすれば、そのまま弥がキラという事で決着してしまうかも知れない。 「みすみす」と。 「夜神の思い通り」に。 ……私は、捨て身でレムに協力を仰ぐ決心をした。 結果的にはそれは正解だった。 夜神は弥を利用しようとしているのではないか、とレムに話すと 酷く動揺した様子を見せた。 粘り強く推理を続けてみせると、 『そうだったのか……ライトの考えが、私にもやっと読めた……』 そう言って肩を落とす。 『ライトは、私がミサを守ると思っているんだ。 彼女を守る為に、おまえを殺すと』 「死神も人を殺すんですか!」 『当たり前だ。死神だからな。 ただ私達には、人間を守る目的で殺したらその死神も死ぬ、という掟がある』 「……」 『ライトの為に誰かを殺す死神はいない。 だが、私はミサを守る為なら……殺してしまうかも知れない』 ……なるほど。 “夜神の為に誰かを殺さない”死神なら、いるわけだ。 少なくともあと一体は、死神は、いる。 「自分が死んでも?」 『ああ……』 「素敵ですね」 何気なく言っただけだが、死神レムは巨大な瞳でまじまじと私を見つめた。 『……おまえになら、ミサを託しても良いかも知れない』 「はぁ。結婚とか付き合うとか無理ですが」 『ミサはデスノートに書いて人を殺したが……信じて欲しい。 夜神に利用されただけなんだ』 「でしょうね」 『ミサを助けてやってくれないか?』 「そうすれば、夜神月の名をデスノートに書いてくれると?」 『ライトと同じ発想だな』 「すみません。冗談です」 とにかく死神は。 今後弥が疑われる局面になっても、彼女を逮捕しない事を条件に、 ワタリや私の名をデスノートに書かないと約束してくれた。 これから事件は面白くなって来る。 後一歩で、夜神を追い詰められる。 だが丁度その頃、ワタリが倒れた。 ……私は一旦前線から撤退する事を決めた。 勿論夜神を取り逃がすのは惜しかったが、ワタリを失っては元も子もない。 それに、ワイミーズハウスの子ども達の実力を試す機会でもある。 私達はレムにタイミングを聞いて、心臓麻痺の症状が出る薬を飲んだ。 個人的なデータを知られる訳にも行かないので、PC内は全削除したし 夜神に少しでも疑われてはならないので(私はともかくワタリの本名はすぐにバレる) レムにはノートを置いて死神界へ一旦帰って貰った。 それから私は、静養するワタリの傍らで、キラ事件を傍観し続けた。 歯痒くもあったが、何の責任もなく水面下で推理を積み重ねるのは、 意外にも楽しかった。 探偵「L」は無責任だと言われるし、事件に飽きて途中で放り出した事もあるが。 キラ事件に関しては何故か、夜神を必ず捕縛しなければならない、という事が いつの間にか重く心にのし掛かっていたらしい。 私は気付かれていないのを良い事にどんどん夜神に近付き 高田との面会を突き止め、こうして真下の部屋から盗聴を傍受したり 自ら隣室に盗聴器を仕掛けて彼の一挙手一投足まで把握するようになった。 「ワタリ。今から夜神がいる部屋を盗撮出来るか?」 「……ラジコンワームの事ですか?」 「そうだ」 「まあ……出来なくはないですが」 静養して体調の戻った老発明家は、ソファに浅く腰掛けたまま 掌の中の紅茶カップの中を見つめた。 「何を見るのですか?」 「とは?」 「今あなた自身が、濡れ場だと言いました」 「……」 夜神の喘ぎ声を聞いていても仕方が無い。 男同士のセックスにも興味はないつもりだが、夜神の動きは、どんな小さな事でも 把握しておかねば。 ただそれだけだ。 「……まるで恋ですね」 シュガーを入れない紅茶を一口啜った後、おもむろにワタリは呟いた。 「何だって?」 「ここ数年のあなたの夜神くんへの執着ぶりを見ていると、 まるで大恋愛をしているように見えます」 「大恋愛」 「今のあなたには探偵Lとしての責務はない。 にも関わらず、こんなに長期間誰かを見つめ続ける事は、普通は不可能です」 それは……遠回しに私がストーカーのようだと言いたいのだろうか。 「わ、私が一番大切な人は、あなただ。キルシュ・ワイミー」 ワタリは困ったように笑って、ふぅ、と紅茶を冷ます振りをした。 「ありがとうございます。でも、誤解しないで下さい。 私は、あなたが私以外の誰かに関心を持つ事が嬉しいんです」 「……」 「今回倒れて、今後いつまであなたの側に居られるか分からないと 自分で身に染みました」 「……」 そんな事はない。 と、気休めを言える程私は愚かではない。 という事を、ワタリは知っている。 そんな所が、やりにくい所であり、楽な部分でもある。 「ですから、夜神くんでなくとも、誰か共に人生を歩んで行ける人と 関わって欲しいと思っています」 「あなたは……私がこうして夜神を捜査する事に反対なんだな?」 「……」 ワタリはまた例の、あるか無しかの微笑を唇に貼り付かせた。 「私がいくら夜神に執着しても、捕らえれば確実に死刑になる。 死なない相手と関われと、あなたは言いたいのだな?」 思わずワイミーの隣に座り、ソファに身体を丸めた。 無意識にテーブルの上の角砂糖を手に取り、ざりざりと囓ると、 頭の上に暖かい手が置かれる。 「私は、そんな事は言っていませんよ、L」 「しかし」 その手の軽さに、眼球がじんわりと熱くなって 涙がぽろりと膝の間に落ちた。 「あなたが幼い頃から、あなたは将来どんな人を好きになるのだろうと。 もし、生涯誰も愛さないような人になったらどうしようかと懸念していました」 「私は、別に夜神を愛していない。 ……ああ、それで度々女性をあてがってきたのか」 「はい。あなたは身体以外興味がないようでしたが」 「単純に性欲解消用に送り込んでくれたのだと思っていたんだ」 本当は、少しは気付いていた。 私と数日過ごした彼女たちは、それぞれ美貌や知性、私の知らない趣味の広さ、 細やかな気遣い等、何かしら、女性であるという以外の長所を持っていた。 「それで、彼女たちが私に愛想を尽かすとあなたは残念そうだったんだな?」 「はい。残念でしたし、あなたは他人に感情を持つことが出来ないのかと 思ったこともありましたが。 ……夜神くんには、初めて興味を持ちましたね?」 「それは」 「彼が犯罪者でなくとも興味を持ちましたか?」 「その場合は出会っていないので、その仮定は意味を持たない」 「L」 「が、恐らく興味を持たない。 さっきも言ったように、愛してもいない」 ワタリは手を引っ込め、目を伏せてまた紅茶を啜る。 そのカップに添えられた白い手の甲の、縮緬のような皺も染みも、美しいと思った。 「……それでもあなたは生涯で、初めて深く関心を持てる人に出会った」 「それはそうだ」 「あなたがそんな人に出会えた事が、私はとても嬉しい。 私が言いたい事が分かりますか?」 「……」 私は答えずにデスクに戻り、またヘッドセットをつける。 “ギシ”、と何かが軋む音が小さなスピーカーから聞こえた。 『うっ……魅上……痛い……もう、やめてくれ……』 『もうすぐ気持ちよくなります。これからですよ……神』 『魅上』 私はただ、じっと中空を見つめ続けていた。
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