LOVE ME TENDER 1 あなたはいつも、誰を見ているのですか? いつもどこか遠くを見つめているあなた。 高田の致命的な連絡ミスと、神が私の忠誠心を認めて下さった事が重なり 私と直接コンタクトを取って下さる事になった。 神は捜査本部に盗聴されながらホテルで高田と会っていたが、 その面会時間の後半は言葉を要しない……つまりベッドの上での 逢瀬だったと言う。 その時間を、ホテルの隣室で控える私と過ごしてくれるようになったのだ。 高田の苛々とした顔は見物だったが。 彼女は、神が私とコンタクトが取れる状況になったにも関わらず、 寛大にも高田との時間もある程度取って下さる事に感謝すべきだ。 「ん?何だ?」 「いえ。私には神のお考えになっている事が分かりません……」 「ああ」 初めてお会いした神は、驚くべき事に私よりずっと年下の 美しい若者だった。 どうやら神は、この地上に人の姿で現れているらしい。 盗聴器が付いているという上着を高田の部屋に置いたまま。 ワイシャツとネクタイで現れた、まだどこか頼りなげな肩の線も露わな彼に、 私は今思えば一目で心を奪われていた。 だが、東大に首席で……それも全教科満点で入ったと聞き、やはり 一般の人間とは明らかに違う方だと思う。 それから神は最初に、現在警察で、Lとしてキラ捜査をしている事、 初代Lに疑われ、監禁され、手錠で繋がれ、それでも最終的に勝った事、 今は周囲に少し疑われながら、ニアというLの後継者や、 メロというマフィアまがいの男と戦っている事を包み隠さず教えてくれた。 「いや……前に言ったように、父のお陰でメロの本名は分かったからな。 ワイミーズハウスに居た者を何とか探し出してデスノートに 書かせられないかと、考えていたんだ」 「そうですね……」 無理だろう。 と思ったが、反論はしない。 たった一人で、沢山の戦を抱えているあなた。 私はただ一人、あなたの味方でありたい。 それだけだ。 直接出来る事は、こうしてほんの少しだけ、あなたの疲れを癒す事だけだが。 黙ってソファに座った神の前に跪いて、湯で絞ったタオルで その足を丁寧に拭う。 「いつも悪いな」 「いえ。そんな」 私は……私には、これしか神に敬意と忠誠をお伝えする方法を知らない。 神はそんな事をしなくても良いと拒まれたが。 自分の欲望でもあった。 私の神に直接お会いして、この溢れる畏怖を、尊敬を、表す事が出来なければ 爆発してしまいそうだった。 神はそんな私を見て、軽く微笑みながらその足に触れる事を許して下さった。 目の前の、白く……同じ男の足とは思えない蝋細工のような足の、 指の間を丁寧に拭う。 爪先は薄紅色で、その大きさ以外は実に女性的だ。 指に数本長めの体毛が生えている事だけが妙に男らしく、 そのギャップに、くらくらしそうになった。 思わず……それが無礼に当たるかも知れないと思考する前に、 滑らかな足の甲に額を押しつけてしまう。 「……」 神は素知らぬ振りで、その美しい足を私に任せて下さった。 歓喜に、何故か涙ぐみそうになってしまう。 その時。 「……Lがいたらな」 小さな呟きに、ぴくりと震えてしまったのを悟られてしまっただろうか。 「……L?」 「ああ、さっきの話の続きの冗談だ。 彼もワイミーズハウスには居た事があるだろうから、Lならメロの顔を 知っていただろうと思っただけだ」 「……」 「勿論Lは死んでいるし、生きていたとしても絶対にメロの名前を 書いたりはしない。 騙して書かせられるような奴でもない」 「……」 Lという人物とは、三ヶ月にも渡って手錠で繋がれ、寝食を共にしたと言う。 詳しくは聞いていないが、手錠で繋がれていたと言う事は、 シャワーも共に浴び、同じベッドで休んでいたという事だろう。 そんな人間の事を「奴」などと気安く話されると、目の前が燃え上がるような 息苦しい気持ちになった。 神は私の内心を察したのだろう、揶揄うように笑い混じりに続ける。 「生涯唯一、手強いと思った男だ。 あんな奴には、もう二度と会えないだろうな……。 まあ、会いたくもないが」 「その……どんな男だったのですか?Lとは」 「興味ある?」 「はい。あなたを手こずらせただなんて……許せない思いがします」 見上げて、率直に答えると神は少し鼻白んだように目を見開いたが 真顔になって訥々と教えて下さった。 「そうだな……変な奴で、嫌な奴だったよ。 黒髪で東洋人のような見た目だったが、西洋人と言われても通る感じで」 「……」 「いつも隈のあるぎょろぎょろした目で辺りを観察していて精神病患者みたいだった。 でも、もっとちゃんと背筋を伸ばして常識的に振る舞ったら、 案外おまえに似てるかも知れないな」 「……」 そうではなくて。 そんな事を聞きたいのではなくて。 あなたとLは、キラとそれを追う者として。 どんな夜を過ごしたのですか? もう一度足の甲に額を押し当て、目を閉じると脳裏に浮かぶ。 手錠で繋がれ、ベッドの上に横たわったこの青年と、自分に似た男。 Lにとってもこの人は、間違いなく生涯最高のターゲットだ。 しかもこんなに、いや当時は今より更に年若く、美しい青年。 それが隣で無防備に眠っていたら。 そのような趣味がなくとも、きっと……「食べ」たくなってしまう。 それでも神は、きっと笑いながら受け入れるだろう。 そんな人だ。 世界を清くする為なら、その頭脳以外の全てを投げ捨ててしまえる人。 「どうした?」 ……人間の欲望には、限りがない。 最初は本当に、ただ神の足に少しでも触れる事が出来ればと思っていた。 「あ……」 「……お嫌でしたら、蹴って下さい」 「そんな事……」 神の足の裏に舌を這わせ、指を唇で含んでみる。 「んっ……」 指の間を丁寧に舐め、爪に軽く軽く、歯を立ててみる。 「ああ……」 吐息のような、喘ぐような声に私の舌はエスカレートする。 後はただぴちゃぴちゃと、湿った音だけが部屋に響いていた。
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