Living dead 4
Living dead 4








顔に、チョコレートの匂いの息が掛かる。
本当に、すぐに感情的になるのは相変わらずだ。
だからおまえは、


「ここに来たら退屈しないだろうと思ったが、流石にこんなに
 怒らされるとはな」

「……」

「どうせ殺すんだからその前に何発かヤらせて貰うか。
 死神のセックスが、どんなもんか俺にもまだわからないぜ?」


苦しくて、涙が滲む。
ワイミーズハウスでは暴力すら管理されていた。
喧嘩っ早いのは、喧嘩っ早いの同士で喧嘩させられていたので
私は意外とこういった弱い者苛めのような事はほとんどされていない。


「おい!」


夜神が、メロに掴みかかった。
だが、羽根を掴んだ所で投げ飛ばされ、ソファにぶつかる。

メロも、燃えるような目で夜神を睨んでいた。


「何だよお前はいちいちいちいち!シドウの話ではヤガミという名前は
 出てこなかったが一体何者……」


そこでまた、ふと言葉を切った。


「いや、ヤガミ……ヤガミ……何度か呼んだ気もするな……」

「……多分それは父だ。僕たち親子も、死神の印象に残る程ではないだろうが
 キラ捜査に関わったからな」


夜神も、Lが自分がキラだという事を隠している以上
名乗るつもりもないのだろう。

凡庸な答えに、メロは興を削がれたように私からも手を離し
天井近くに舞い上がった。


「ああー、退屈だ」


夜神が、それを見上げて面白そうに声を掛けた。


「退屈している暇はないんじゃないか?」

「は?」

「このデスノート、お前のなんだろ?」


夜神は、一体何を言い出すつもりだ?


「他に持ってないんだろ?」

「そうだ」

「なら、誰かの名前を書かないと近いうちにお前、消えるぞ」

「……」

「デスノートの掟をあまり知らないらしいな」

「……」

「死神は、デスノートに人間の名を書いて、本来の寿命との差の年数を
 自分の命に加えることが出来る」


そう言えば、死神にとってデスノートが玩具以外にどういった意味があるのか
興味もなかったので聞いた事がなかった。
夜神の言葉に、Lもメロも無言で聞き入っている。


「お前が今持っているのは、多分、本来の『メロ』の寿命だけだ。
 デスノートで不慮の死を遂げているからな」

「……」

「お前は元々刹那的な生き方をしていたから、本来の寿命も長いとは限らないぞ?
 死んでから一年以上経っているんだ。今すぐにでも消える可能性がある」

「なら、コイツの名前を書いて、」

「そんな事をしたら、おまえの寿命が伸びた所でおまえは退屈する。
 ……ライバルは、殺すもんじゃない」


おまえが言うと妙に含蓄があるな、と言いたくなるが
どうやら私の命乞いをしてくれているようなので口を閉ざす。


「なら、おまえの名を書いてやる。
 『やがみ、つき』か。漢字でもその程度なら俺にも書ける」


夜神……。
それでも、「相手に宣言してから名前を書いたら死神も死ぬ」とか何とか
いくらでも言いくるめられると思った。彼なら。
なのに。


「……いいよ」


私も驚いたが、Lもギョッとした顔をしていた。


「一度亡くした命だ。おまえに取られるのも運命かも知れない」


本気、なのか。
いやこの局面で、駆け引きでそんな事は言えないだろう。
そんな事が出来るほど、夜神はメロを知らない。

メロはノートに手を伸ばしたが、歯を食いしばり、やがて小さく舌打ちをした。


「ニア。ノートを返してくれ。俺の不覚だった」





結局、人間が所有するノートに死神は名前を書き込む事は出来ないらしい。
それを夜神が知っていたかどうかは分からないが
少なくともメロよりはデスノートに詳しい事は確かだ。


「ノートの使い方で迷ったら、いつでも聞きに来いよ」

「うるせえ」

「あ、これだけは言っておくけど、やたらな人間を好きになるなよ?」


メロは、何でだと聞きたいが、揶揄われている可能性を警戒している、
そんな顔で黙り込んだ。


「好意を持った人間を助ける為にデスノートを使うと、死神は死ぬ」

「……馬鹿馬鹿しい」

「嘘じゃない」

「だとしても、死神は人を好きになったりしない」




Lの提案で、ノートはメロが姿を消してから捨てる事になった。
私がメロの姿を覚えていると、辛いだろうから、という理由だが
特にそんな事はないと思う。
だが、強く反対する理由もないので従う事にした。


メロと、私と、夜神とLで、ビルの屋上に向かう。
エレベーターの中で、腕組みをしたメロがぼそりと言った。


「……あんたが、キラ……『ライト』なんだな?」


目に見えない緊張が、狭い箱の中に満ちる。
まあ、死神のノートにそれ程詳しい人間なんて、他に想像も出来ないだろう。
夜神も、私なんぞの命の為に迂闊な事を言ったものだ。
殺した相手に、自分がその殺人者だと名乗るなんて。


「……ああ」


だがそれを聞いて、メロは怒りを見せず大きく息を吐いた。
天を仰ぎ、目を閉じる。
その表情を見ると、メロは本当は全てを覚えているのではないかと
疑ってしまう。


「あんたも、死んだら死神になれるぜ」

「どちらかというとごめんだが」

「俺が史上二人目らしいから、あんたが三人目だ」

「一人目は?」


メロは、火傷跡を引きつらせて笑った。


「ヴラド・ツェペシュ」

「ははっ。悪くない冗談だ」


本当に、本気か冗談か分からない。
ドラキュラのモデルとなった残虐さや冷徹さで知られる人物だが、
領主としては類まれなる名君でもあったらしい。


「僕が人生に飽きる前に死んだら、死神になってLやニアに
 まつわりつくのも悪くないな」

「……冗談でもやめて下さい」


ポン……と柔らかい電子音が響き、エレベータが屋上に着く。
冬とは言え、昼を過ぎたばかりの太陽の日差しは明るく暖かかった。

メロは外に出ると、今まで隠していた焦げた大きな白い翼を広げる。


「白い翼の死神も、いるんですね」

「レムもそうだったよ。珍しくないんじゃないか?」

「でも……何だか」


夜神と私の会話を聞きつけたメロが、振り返る。
言うか言うまいか少し迷って、私はやはり続けた。


「天使みたいで、違和感があります」


メロは少し目を見開いた後、少し笑った。


「俺の考えではな、」

「はい?」

「恐らく、どちらも同じモノだ」


そう言うやいなや、別れも挨拶もなく空へ舞い上がる。


「メロ!」


思わず駆け出して屋上の端近くまで行ったが、足が竦んでそこから進めない。
メロは、どんどん高く舞い上がっていく。
白昼、白い翼をはためかせて真っ青な空に向かう死神は、やはり天使に見えた。

それでもあっけない別れに、軽く失望していると夜神がチョコレートバーを
取り出した。


「メロ。餞別だ」


かなり遠かった筈なのに、すぐに旋回して戻って来る。
死神は地獄耳らしい。


「そいつは、旨すぎるな」

「生前のおまえの好物だからな」


夜神が投げると、空中で受け取ってすぐに紙を捲り、齧る。
それから漸く気づいたように、私の所へふわふわと飛んできた。


「ニア。何か用か」

「その……」


……『さっきはごめんなさい。傷つけるつもりはなかったんです』
……『お前の下世話な物言いには呆れる。大体私は男だ』

どちらも違う気がする。
何か言わなければと思うのに、相応しい言葉が出てこない。


「何だ」

「……気をつけて」

「ああ」


メロは私の顔を見ながら何か考え込んでいた。
やがて、


「デスノートが戻っても、お前を殺したりしないから安心しろ」

「はい……」


そんな事を心配したのではない。
私は……。


「俺はお前の事、嫌いじゃない」

「……」


それから、火傷の痕を指先で少し搔いて。


「多分、生きていた頃の俺も、きっとそうだった。
 それに、俺はこう見えて女には、甘いんだ」


その顔がどんどん迫ってきて、メロと私の最接近記録を更新した。


「……お前に、神のご加護がありますように」






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