Living dead 1
Living dead 1








「これは何の冗談ですか?」


昼前に届いた、大量の荷物。
「ニアの分だ」と言われて渡された大きな箱を開けると
仮装パーティーのような衣装が入っていた。

ひらひらと布量の多いスカート、背中部分をリボンで編み上げた
ボディーライン、一言で言うと不思議の国のアリスというか
19世紀の上流社会の女児の盛装を安っぽくしたような感じだ。


「例えば群集を俯瞰した状態で変装している人間を探す場合
 僕なら無意識に、派手な目立つ奴は後回しにする」


まあそれは確かに、人間の心理だ。
木の葉を隠すなら森の中に。
追われる者は出来るだけ目立つ服装は避けたいものだし、逆に
追う方も異様な風体は最初から除外してしまうかもしれない。


「……ああ、そういう事ですか。でも着ません」

「おまえばかりに嫌な思いはさせないさ。僕も、こんなのだ」


そう言って夜神が広げて見せたのは、似非トラディショナルなゴム引きコートに
着るのか巻くのか、という面妖なデザインのシャツ。
それでも私より全然マシじゃないかと思ったが、その下の蛍光色ブーツを見て
考えが変わった。


「ヒースロー空港で見たファッション雑誌の中で、自分が一番選ばないであろう
 コーディネートを可能な限り再現したつもりだけど」

「多分似ているだけで何かが決定的に違うんでしょうね」

「笑われてもいいさ。僕だとバレなければ」


現在の夜神は、シャツは襟付き(Lに対抗しているのか?)でシルエットはタイト
という以外、特にこだわりのない、アースカラーの無難な服装をしている。
以前からそうであったのなら、これを着るとは確かに想像できないだろう。


「……私はいくらなんでも男だとバレます」

「だからこそ、女装が一番金髪の裏を掻ける。
 普通、どんなにキレイで華奢な男が女装しても、女性に混ざれば違和感が出る。
 でもロリータファッションだけは、男がしていても分かりにくいんだ」

「まさか」

「パフスリーブで肩幅も隠せるし、存在がオリジナル過ぎて、
 手や足が少し大きいとか、そういった些細な違和感に目が行かない」


そう言われればそうか……。
ロンドンでもスマートカメラに偶にロリータファッションの輩が映っていたが
ターゲットと無関係だった事もあって、男かも知れないとは全く思わなかった。


「……なんだか上手く言いくるめられているような気がします」

「トイザらスはアメリカと同じだよな、ヴィレッジヴァンガードや東急ハンズ、
 面白いおもちゃや素材を売っている店は沢山あるぞ?」

「秋葉原は?」

「……秋葉原に行くと一日潰れそうだからな。
 今日上手く行って、明日用事が入らなければ連れて行ってやる」


ちらっとLを見ると、機嫌が良い顔ではなかった。
だが、気づかない振りをする。


「着替えますので手伝ってください」


夜神に言うと、驚いたように眉を上げた。


「あなたが言ったんでしょう?何を驚いているんですか?」

「いや……説得に時間が掛かると思ってたんだ。
 今日一日掛けてもお前が着てくれる可能性は半分以下だと思ってた」


私が眉を顰めると、Lが引き取ったように説明する。


「ニアは本当に服装に拘りがないんです」

「ええ。窮屈でなくて動きやすい格好なら何でもいいです」

「……もう裸でいたら?」

「かなり大きくなるまでそうでしたが、人前では最低パジャマは身に着けると
 ロジャーと約束しました」

「なるほど。じゃああまり締めないようにするよ」

「お願いします」

「その前にまず、化粧をしなければ」

「え?」


放っておいた小さなダンボールを開けると、小さないくつかの品が
パッキンの間に挟み込まれて入っていた。


「おまえは肌がきれいだから、目と口だけでいいな」

「ふざけ、」

「こちらへ来い」


引き寄せられて肩を押さえられ、思わずぺたりと座り込む。
いきなり両手で顔を掴まれて、心拍数が跳ね上がった。


「な、何、」


夜神の顔が迫ってきて、まさかキスでもされるのかと顔が引きつったが
真顔でしばらく見つめ合った後、納得したかのように離してくれる。


「ちょっと目を伏せて」


まあLも居るのだから妙な真似はしないだろうと
仕方なく言われた通りにした。
夜神は化粧セットの中からハサミのような金具を取り出して私の目に近づける。
さすがに頭を仰け反らせてしまう。


「怖いんですけど」

「大丈夫。僕に任せて動かないでくれ。動くと余計に危ないよ」

「医師でもないのに私を脅すんですか?」


言いながらも怯えていると思われたくなくて、目を伏せた。


「……凄い自制心だね。全く震えないとは」


私は集中すると、肉体から離れる事が出来る。
そして完全に集中状態になるまで数秒掛からない。

私が今まで見たなかで一番不可解な検死体を細部に至るまで
詳細に思い浮かべている間に、両目の睫毛が少し引っ張られる感じがあり
またその睫毛に何かを乗せられる感じがあった。


「出来た。もう目元に触れないでくれ」


目を開けると卓上鏡が差し出され、見ると睫毛が1.5倍程長くなっていた。
少し違和感があるが、自分の顔を見慣れているという訳でもないので
気持ち悪いという程でもない。


「……慣れたものですね。一度も失敗しないとは」

「別に。昔粧裕にしてやったのと、高校時代演劇部を少し手伝った程度だ」

「器用な男は違います」


キラ事件でも、この男の手先の器用さに何度も欺かれている。
特に腕時計の細工は、素人目にも職人が作ったのかと思う程細密で
手近な道具であんな金属加工までしたのかと思うとさすがに瞠目した。


「後はちょっと色を塗るだけだ」


そういうと、私の顎を掴んで頬や目の上を適当に柔らかいブラシで撫でる。
それから、濡れた筆先が唇の上を何度も往復した。
顔が近すぎて気色悪いので目を閉じていたが、時折体温が近づいてきたり
生暖かい息が掛かって、非常に不快だ。

考えてみれば、これ程他人に近づかれる事も、皮膚の上に何かを塗られる事も
私の人生ではあり得ない筈だった。
しかも相手はあの、キラ。

何とも……シュールな体験だった。


「よし。我ながら上出来だ」


鏡を見る前にLの方を見ると、目を見開いて少し仰け反った。
さすがのLも笑うだろうと思ったのだが、あまり表情を動かさない。


「……驚く程違和感ないですよ、ニア」


そう言われて手鏡を見ると、確かにそこには眠そうな目の
何国人ともつかない女の子が映っていた。


「確かに私の顔ですが……物凄い違和感です」

「自分の顔だと思うからだ。初めて見た顔だと思って見ろ。
 男が化粧しているとは思えないだろ?」


言われて、頭を切り替えて見直すと、確かに女性らしい顔ではあった。
自分の容姿に関してなんら感情を抱いた事はないが
今初めて客観的に見て、良くも悪くも中性的な顔だと気づく。

夜神が私のパジャマのボタンを外し、パンツを脱がせる間
私はナルキッソスのように鏡に見入っていた。




横縞の靴下を履いてパニエを身に着け、ワンピースを着終わると、
やはりとんでもなくメルヘンな姿になってしまっていた。
襟元や背中や袖口のリボンが寒々しい。


「あとは鬘だな」

「まだあるんですか……」

「そのプラチナブロンドは、いくらヘッドドレスをつけても相当目立つぞ?」

「一つ聞いていいですか?」

「何」

「こういう女の子……というか私を連れて歩くのはあなたですが
 その辺りどう考えているんですか?」

「……その辺はお互い考えなくていいんじゃないか?
 僕たちは、他人の目を気にしていられる程のんきな身分じゃ、」


夜神が突然、妙な顔をして言葉を切る。
その視線の先は私のつま先辺りに向けられていた。
そしてそこには、


「……なんですかこれ」

「さっきまでは確かになかったよな」

「当たり前です」


Lが何か悪戯をしたのかと思って目をやったが、そのLも目を見開いて
それを凝視していた。


「何でしょう……」


それは何の変哲もない、真っ白な表紙のノート状の冊子だった。
思わず身を屈めようとすると、


「触るな!」

「はい?」

「僕が知る限り、音も気配もなく忽然と現れる物質は一つしかない」

「……デスノート、ですか?」






  • Living dead 2

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送