ラプラスの悪魔 9
ラプラスの悪魔 9








Lと不覚にも寝た翌日、少しは気まずいかと思ったが
先方の態度は全く変わらなかったので、僕も平常でいられた。

ゲイでもないのに男とするなんて、一般的にはとんでもない事だ。
と思っていたが、昨日や一昨日と、何も変わらないLを見ていると
そうでもないのかと思えてくる。



考えてみれば、少し特殊とは言え、短時間の単なる肉体的接触で
何かが変わるという方がおかしいかもしれない。


人でも殺せば、まだしも。


思ってしまってから少し背筋が寒くなったが。
その通りには違いない、つまり。

……キラなら、殺人ノートを使った後、きっと価値観も世界観も、
全てが変わっただろう。

そう言えば、初めて女の子と寝た時も、何も変わらなかった。
少しは世界が違って見えるかと多少期待していたが……。

いや。

その前に、もっと、強烈な体験をしたから、何も変わらなかった……?

……そんな筈は無い。
キラが突然大量の裁きを始めたのは、僕が高校三年生の冬。
中学時代の部活の先輩と初めて寝たのは、一年生の夏。
初めて殺人を犯してから二年以上、ブランクがあったとは考え難い。


「竜崎」

「何でしょう」

「初めてセックスした後の事って、覚えてる?」


Lは驚いた顔もせず、やや不快げに眉を曇らせた。


「そういうプライベートな事は他人に聞かず、親しい人か身内に聞いて下さい。
 お父さんとか」

「聞けるか!」


つい、身近にいたLに下らない事を聞いてしまった。
こいつの人間性の見えなさには、つい油断してしまう。
時折、人形かぬいぐるみでも相手にしているような錯覚に陥ってしまう、
そんな自分にも苛々した。


「ああ、なるほど」


八つ当たりではあるが、ニヤリと笑ってやるとLは微かに首を傾けて続きを促した。


「今のやり取りで分かったよ。おまえは、父親というものを
 全く知らないんだな?」

「はい?」

「少しでも父親との関わりがあれば、そういう発想は出ない」

「下らない、何を勝ち誇っているのか知りませんが、
 私も今のやり取りで分かった事があります」

「……何」


僕のジャブが効いたのかどうか分からないまま、間髪入れず反撃して来る。
今度はLが、顔を傾けたまま口の両端を上げた。


「安心して下さい夜神くん。
 セックスをしたからと言って、人生観が突然変わる人なんて居ません。
 人でも殺せば、まだしも」

「……!」


コイツ……僕の思考を完全に読んでいやがる。
また、本当にラプラスの悪魔なのではないかと言う、不安に似た翳りが
一瞬よぎるが、そんな事があろう筈はない。


「あなたは、セックスした後も何も変わらなかった。
 でも、殺人ノートを使った後は、変わったはずです。
 覚えていませんか?
 突然用心深くなったり、絶対に見られてはならない物が出来た事を」

「……」


何を考えているんだ僕は。

僕がキラだったと、仮定して物事を考える事すら「負け」だ。
僕は、Lの疑いを晴らす為に、本当のキラを見つけるんだ。


「……覚えていないし、キラ扱いされるのは本当に不快だ」

「自分を守る為に思考停止するのは分かりますが、
 もっと考えて下さい夜神くん。悪いようにはしません」

「おまえに掛かると、本当にキラにされそうだな」

「されそうとは?」


逃げても逃げても、絡みついて離れない蜘蛛の糸。
足掻けば足掻く程、沈み込んでいく蟻地獄。
普通の人間なら、とっくの昔に自分がキラだと認めてしまっているだろう。
だが僕は違う。


「そうやって何もかも読んだ上で僕がキラだと断定されたら、
 洗脳されそうになる。
 キラじゃなくても、キラだと認めてしまいそうだ」

「私は洗脳なんかしません。
 本当に人心がコントロール出来るなら、あなたに抱かれたりしません」

「!」


紅茶を吹いてしまいそうになった。
周りに人が居なくて良かった……。


「でも、未来を予測して見せたり、思考を読んだりするのが
 デモンストレーションだという考え方は、正解です」

「……」

「私の推理力、認めてくれます?」


認めたくはないが……認めざるを得ない。
それだけの実績を、Lは上げている。


「……ああ」

「ありがとうございます。
 その私が、あなたがキラだと断定しているんです。
 私情は全く挟んでいません」

「……」


結局は、僕がキラだという話一辺倒か。
投げ出してしまいたくなるのを、心の中で踏ん張ってLの顔を見返す。


「でも、今のあなたにキラの記憶がないという事も、分かっています」

「なら僕に尋問しても、」

「私は自分の目で見た物の記憶を結構遡れるんですが、
 夜神くんは出来ませんか?」

「……」

「出来るんですね?受験勉強でも暗記に時間を取られないから
 徹底的に思考力を高める事が出来た」


……確かに。

小学校に入った頃。
学校の授業で教わった事、教科書に書いてある事ばかりが出るテストで
同級生が満点を取れないのが不思議でならなかった。
ただ少し記憶を辿れば、そこになぞれば良いだけの答えがあるのに。


「東大に首席で受かったあなただ。見た物を瞬時にファイリングして
 好きな時に好きなデータを取り出せるよう整理も出来ている筈」

「ああ……まあ」


昨日Lが世界中の犯罪のデータを把握していると言った時、
もっと驚いた顔をしておいた方が良かっただろうか。
けれど、僕もその気になれば同じ事が出来るから。
同じような人間が居るものなんだな、という感想しか湧かなかった。


「お願いです夜神くん。受験勉強時代から監禁までの、
 記憶をつぶさに辿って下さい」

「……無理だ」

「無理なら、退行催眠を掛けさせて下さい」

「嫌だ!僕はキラじゃない。そんな必要ない」

「キラです。お見せしているように、私の推理力と予測は絶対です。
 私を信じて下さい」


簡単に、人をキラだと断じてくれる……。

昨日まではどこか信じていなかった。
Lだって人間なのだから間違えると思っていたし、
僕がキラに相応しいという、最初の思い込みから離れられないのだと。

だが。


「おまえがそうだと言うのなら、そうかも知れないな……」


Lが、悪魔的な推理力を持っているのには疑いの余地が無い。
あとは、何らかの理由があって僕を陥れる必要があるかどうか、だ。


「僕がキラだと認めたとしたら、おまえはどうするんだ?」






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