ラプラスの悪魔 6
ラプラスの悪魔 6








「ああ……今日は疲れました」


寝室に戻ると、Lは珍しくストレッチをするように体を捻った。


「自業自得だろ」

「はい」

「それに『今日』は、まだ終わってない」


僕が言うと、竜崎はこちらに顔を向けて動きを緩めた。
多少なりとも動揺しているのだとしたら、面白い。


「竜崎、シャワー浴びるだろ?服脱げよ」

「はい……分かりました」


眉間を寄せて、不承不承服を脱ぐ。
元々浴室に行くタイミングだったから、先回りされて不快なのだろう。
僕も服を脱ぎ、連れ立ってシャワールームに行った。


長い間、シャワーは勿論、トイレも一緒という気持ち悪い生活だが
相手がLなので、僕は音を上げずにいられるのだろうと思う。

時には、彼がコンピュータのように感情を見せない人間である事を
ありがたいと思った。

今思えば、Lの気遣いなのかも知れない。
個人的な話を、殆どしなかった事も含めて。
だから今更、上っ面だけでも「友人」のような真似をされると苛立ってしまう。


「なあ。そろそろ、僕はキラじゃないって、本当は納得してくれてるんだろ?」

「はい」

「なら、手錠も外していいんじゃないかな」

「はい……分かりました」


絶対に納得していない、言いたい事を溜め込んでいる顔をしている。


「バスタオル取って」

「はい」


竜崎は、僕にバスタオルを放って寄越した。
「はい」と答えはしても、行動は伴わない。
Lはそう言い切っていたし、朝からそうしていたが。

一日「はい」を繰り返している間に、それも辛くなってきたらしい。
コンピュータも、さすがに狂ってきたか。

僕は満足して、悠々と体を拭いた。


「ああ、服、着るなよ」

「……はい?」

「まだ二十三時だよ」

「はい……」


Lは指先で摘み上げていたトランクスを落とし、そのままベッドルームに向かった。
僕も手早くバスローブだけ羽織って早足に追いかける。


「yesを続けていたら本当に従ってしまうなんて、催眠商法みたいな事には
 私は絶対に引っかからないと思っていたんですが」

「引っかかってるね」

「はい」


それでも、困った顔一つ見せないのが強情だ。


「自分にもそういった感情の動きがあった事は発見です」

「そう」


素っ裸で、髪の毛から水滴を垂らしたまま。
(Lは頭や体を拭くのが苦手だ。これまでどうしていたのか考えると頭が痛くなる)
他人事のように余裕を見せる所が、腹立たしい。


「そういうのを、日本では古来『言霊』って表現してるんだと思う」

「はい。分かりました。
 『祝う』とか、『呪う』とか。言葉にするだけで結果が起こるというやつですね?」

「そう。物理的な力は働かなくても、こうして効果がある。
 これはラプラスの悪魔にも計算出来ないだろ?」

「はい……」


何か言いたそうに、親指の爪を歯でがりがりと削っていた。
恐らく、思考だって電気信号なのだから計算出来るとでも言いたいのだろう。


「ベッドに、寝ろよ」

「……はい分かりました」


このままですか?と顔に書いてあったが無視する。
Lは仕方なく、裸のまま白いシーツに横たわった。

こうして見ると、その体は驚くほど白い。
西洋人の赤みがかった白でもなく、東洋人の黄味がかった色でもなく。
青白い、陶器のような冷たい白さ。
本当に血が通っているのだろうか。

全体に体毛が薄いが、その股間だけが黒々と茂っていて、
その中に垂れた陰茎は妙に赤くて……まるで南国の奇妙な花か
海洋生物のようだった。

勿論お互いの裸は何度となく見ているが。

敢えて股間に目をやったのは実に初めてだ。
Lは僕の視線に気づいているだろうが、顔色一つ変えなかった。


「ちょっとそのまま、オナニーしてみて」

「は?……はい、分かりました」


さすがに一瞬ギョッとした表情を隠さなかったが、即平静な顔に戻る。
すぐには動かなかったが、動くまで僕が言い続ける事は察したのだろう
のろのろと手を持ち上げ、僕を見つめながら手のひらを舐めた。

たっぷりと唾液で濡らした後、陰茎を弄り始める。
微かに濡れた音、暫く全く変化がなかったが、
やがてある時から少しづつ質量を増してきた。

Lのペニスは粘った音を立てながら持ち上がり、天を向く。
ぬらぬらと赤黒く、まるで血に濡れた凶器のようだ。

Lは真面目くさった顔でそれを扱いたが……
気持ち悪い事に、ずっと僕の目を見つめ続けている。

時折切なげな息を吐きながら、性器を扱き続ける男に見つめられていると
まるで自分をオカズにされているようで落ち着かなかった。



「あ……出そうで……うっ!」


やがて唐突に、Lが震えてその足指が引き攣った。
赤い花の先端から粘った液が噴き出し、腹の上にぽたぽたと落ちる。

さすがにこめかみ辺りが赤らみ、少し湿っているようだった。
はぁ、はぁと少し荒い息を吐き、目を閉じる。


「気持ちよかった?竜崎」

「はい」


揶揄うつもりで言ったが、普通に答えられた。


「男に見られながら、よくイけるもんだな」

「はい。……イエスマンも、楽なものですよ」

「考えずに言われた通りに動くって事?」

「はい」

「僕は普通の学生だったから、親や先生の言う事には無条件に従っていたけれど
 必ず考えて、自分の中で消化してから行動していたよ」

「はい」


負けず嫌い。
男の前で射精するなんて、最大の羞恥行為を強いられても
平然としているL。

そうか……「ゲーム」か。
Lの中では、今日一日……あと三十分程だが、どんな状況でも
「はい分かりました」を崩さずにいられたら、「勝ち」なんだ。
今気づいたのは間抜けだが、三十分もあったら、遅いという事はない。

……させるものか。






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