ラプラスの悪魔 3 とは言え、こういった事は特別な事では無い。 火口逮捕以来、Lと僕はこんな下らない話を良くするようになっていた。 物理学以外にも、科学、語学、Lに聞く海外の文化も面白かったし 僕も日本の学生の普通の生活を話したが、Lは興味深そうにしていた。 「何だか……こういう話って、本当は知り合ってすぐしそうだけどね」 「ああ、私たち半年以上、キラの話しかしていませんでしたからね」 「何故急に、普通の話を?」 「だって夜神くんは私の初めての友だちですから」 「答えになってない」 Lは答えずに指をくわえたまま黙り込んだ。 こういう時は、腹に一物ある時だ。 「僕には本心で話すって言ってただろ?」 「そうですね……私、キラ事件の全容解明は、ほぼ諦めています」 「どうして!」 「第二のキラは弥で決まりですし、今犯罪者を裁いているのも彼女です。 という事は、記憶と殺人手段は戻る、という事になりますが……。 正直、興味が湧きませんしその内彼女も飽きると思います」 「は?何言ってるんだ? 今も刻々と人が死んでいるのに、『興味が湧かない』って?」 ミサが、殺人ノートを持っているという事だろうか。 ならば家宅捜索をしてでも探すべきだ。 現在、1〜2週間に一人、犯罪者が心臓麻痺で死んでいる。 偶然とは考えにくいが、キラの裁きとはかけ離れているような気が、僕もしていた。 しかしそのお陰で、僕も表面上はキラ容疑者から外れているので 表立っては言えない。 「まあ聞いて下さい。 第三のキラは火口ですが、彼は死神とか何とか言うだけで、何も知らない」 「ノートに触れば見られたって言ってるじゃないか。 やっぱりノートをいきなり焼却したのは間違いだ」 「やっぱり、キラであるあなたが自白してくれない限り、全容解明は無理です」 「だから!僕はキラじゃない。少なくともキラであった記憶は全くない!」 「ですから、全容解明はほぼ諦めたと言っているんです」 お互い言葉を返すばかりで、全く話が進まない。 僕は頭が悪い方じゃないしLもそうだろうが、端から見ればまるで馬鹿だろう。 「じゃあ、これからどうするんだ」 「まだ決めていませんが、あなたを逮捕する必要がなくなったので、 こうして親交を暖めてみようかと」 夜神くんは私の初めての友だちですからというのは、満更 出任せでもなかった訳か? いや、こいつの事だから……。 「友だちなら、少しは自由にしてくれないかな」 「考慮中です。何せあなたは、キラですから」 「……」 全く。どうしようもなく堂々巡りだ。 僕がキラだと思うならその証明をすれば良いし、 それが出来ないのならキラでないと断定して欲しい。 こんな宙ぶらりんな状態がいつまで続くか分からないというのは、 さすがに精神に来ていた。 「昼過ぎには戻りますので、それまで夜神くんをお願いします」 翌日、ワタリさんが国外に行っているとかで、Lが出かける事になった。 どこへ行くのかは知らないが、恐らく例の「情報収集」なのだろう。 その間僕はいつも通り、捜査本部でキラ事件の捜査をする。 ただ、目を離さないよう、一人にしないよう、他の人間に頼んだのだ。 それでも、Lの姿が見えなくなるとホッと息を吐いた。 久しぶりの……随分久しぶりの開放感だ。 「月くん、長い間一人になれなくて辛かっただろ? ずっとここに居たって言っておくから、羽を伸ばしてきたら?」 松田さんが言ってくれるのは嬉しいが。 「もしそれでキラに変な動きが出たり、Lが死んだりしたら 疑われるのは僕ですから。遠慮無く監視して下さい。 僕のためにも」 そう答えると初めて気づいたかのように「あ。」と口を開けた。 僕の身になってくれるのは嬉しいが、なるのならもっと深く考えて欲しい。 だが実際、Lのあの視線を感じないだけで随分息が楽なので 偶にこういう事があると良いと思った。 とは言え、予告通り昼過ぎにLは戻ってきて、また二人で過ごす事に なった。 「外は、どうだった?」 「寒いですね……外気があんなに冷たいという事を忘れていました」 「まあ、年がら年中こんな空調の下に居たらね」 「でも、久しぶりに物凄い開放感でした」 ……それは、こちらの台詞だ。 「誰にも見られていない、誰も見なくて良い、というのは 本当に身軽で、自由を感じました」 「……」 「不思議と重力まで減ったような感覚もあるんですよ。 まったく気を遣わず、自分一人の気分で動けるというのは、」 「……あんまりじゃないか」 「はい?」 Lに文句を言っても仕方が無い。 分かってはいたが、こみ上げてくる物を抑える事は出来なかった。 「だから!誰のせいでこんな羽目になってると思ってるんだ! 僕はキラじゃないのに、こんなに不自由な思いをしている」 「……」 「それでおまえの気が済めば良いと思っているからだが、 そのおまえが!束縛されているのが、僕のせいみたいな事を、」 頭では分かっている。 この状態も、竜崎が望んでいる訳では無い。 世界の秩序として、こうするのがベストだと判断しているだけだろう。 それでも。 「そんな事は言っていません」 「同じだろう?!外に行って、自由と開放感を感じたんだろ?」 「それは仕方有りません。私も人間ですから」 「……!」 「でも。あなたの心情を鑑みず、軽率な事を言いました。 謝ります。申し訳ありません」 そう言われてしまうと、こちらも上げた拳を下ろすしかない。 だが僕は知っている。 こいつは、悪いと思っていない時に限って、 こんな風に白々しく謝罪を口にする事が出来るんだ。
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