ラプラスの悪魔 2 そんな状況下で、いきなり「あなたと私がセックスする」などと言われても。 「私が評価されているのは、推理力以外に情報収集能力のお陰もあります」 「へえ。意外と謙虚なんだな」 「はぁ。材料が無かったり間違ったりしていては、推理しようもありませんし」 これは、本当に謙遜だろう。 Lは殆ど材料がない段階で、キラの犯罪を、超常的な方法による物だと証明した。 しかも、それを使っているのは神や悪魔ではなく、生身の人間だという事も。 Lはベッドから降りてサイドテーブルに向かい、PCを置いて代わりに 灰皿に山盛りにしてあるチョコレートボンボンを一つ手に取った。 「私はね……裏世界の犯罪事情に関しては、ICPOよりも各国警察よりも 詳しいんですよ」 「個人でそんなに情報処理出来ないだろ?」 「勿論ワタリやその下の人間がある程度選別していますが、 それでも殆どの情報は一応頭に入れています」 「まあ、おまえならそれ位出来そうだけど」 本当だとしたら、大学受験する程の情報量を毎月ゼロから詰め込むくらいの 重労働だろうが、そのくらいするだろう、Lなら。 時々、本当にコンピュータなのではないかと疑いたくなる。 その情報処理方法。 その人間味に欠けた判断。 けれど、彼の飛躍した推理は、人間でなければ絶対に出来ない物だ。 「どうやってそれだけの情報材料を集めるんだ?」 「気になります?」 Lは包み紙から出して指先で弄んでいたチョコレートをぺろりと舐めて 横目でニッと笑った。 「キラだからじゃないぞ」 「犯罪者を使っています」 ある程度予想していたが、あっさりと法に反する事をカムアウトした。 「私が挙げた犯罪者の内、使える者は泳がせています。 全世界で六千人くらいです」 「六千!嘘だろ?」 「本当です。自分がLに使われている事を知っている者は一握りですが」 「どうやって管理してるんだ?」 「お互いに監視させています」 Lが言うには、AがBを監視し、BはCを監視する、という方式らしい。 それぞれ誰が自分を監視しているかは知らされていない。 勿論、誰にも監視されていない者も、複数に監視されている者もいるが それも本人は知らされない。 「裏切ったらどうするんだ? 監視している方が監視対象にこっそり近づいて……」 「どう裏切るんです? まあ一応、自分が誰に監視されているか気づいたら、 報告したら報奨が出るようにはなっています」 そして、その報告より前に監視者が『気づかれた報告』をしていたらセーフだが、 そうでなければ司法の手に引き渡すなり社会的に抹殺するなり、 その人間にとって痛いペナルティが待っている、という仕組みになっているようだ。 「それは……落ち着かない人生だな」 「犯罪を犯したんですからその位当然です」 「おまえ……気づいてないのか?」 それは、キラと全く同じ考え方だぞ? 犯罪者に、個人の判断で個人的に刑罰を与える。 それが可能な力を持っていたとしても、法治国家で許される事ではない。 「はい。確かに私の考え方はキラと酷似してますね。 いやむしろ、自分の為に犯罪者を使っているのだから、私の方が質が悪い」 「なら、おまえにキラを追う資格はない!」 「でもキラと私は決定的に違います。私は、一切殺しません」 「……」 「それに、資格なんて関係有りません。……これはゲーム、鬼ごっこですよ」 ゲーム。 余人が言っても、何とも思わない言葉だ。 だがLだけは。 キラと対等に渡り合えるLだけは、口にしてはいけない言葉だと思った。 自分の頭に血が上ったのは分かったが、気づいたら殴りかかっていて。 久しぶりに、また愚かな事をしているとは思ったが、悔いる気持ちには全くなれない。 「痛いって……言ってるでしょう」 ひっくり返ったLが、言い様に足を蹴り上げてくる。 避けようと思えば避けられる位置だったが、負けず嫌いが 避ける事を許さなかった。 脇腹に衝撃を受けながらも退避する事はせず、更にパンチを繰り出す。 二人でもみ合いになり、同時に疲れて床に体を投げ出してしまう頃には、 汗だくになっていた。 「……で、何の話だったっけ」 「私が沢山の人間を使える立場にあって、情報通だという話です」 「ああ……」 二人してゆっくりと起き上がり、倒れた椅子を立て直す。 Lは椅子の上にしゃがみ込んで奇跡的に無事だったチョコレート灰皿を引き寄せ 僕はサイドボードの上のポットから、カップに紅茶を入れた。 「例えば、私が最初にTV放送を使った時も、」 あの、カメラの前でリンド・L・テイラーが死に、 Lがキラを挑発した時か。 「私には、あなたが応えて来る事が分かってました。 生放送中というのは、さすがに上手く行き過ぎでしたが」 「僕じゃない」 「既に私もキラは『裕福な子ども』だと思っていました。 そして、日本有数の真面目で勤勉なタイプだとも」 「……」 完全に僕の事だが、重ねて怒る気にもなれない。 「だから、そういったタイプの中高生が学校帰りに見やすい時間帯を押さえ、 関東の全ての進学校にあの日は全生徒を通常通り帰すよう 教育委員会の上部に指示してありました」 「そこまでしてたんだ?」 「はい。人間が行う犯罪だと証明すると啖呵を切っていましたし あれが空振りしたら、結構痛かったんで」 全く……驚く程、限度が無い。 思いついても普通やらないぞそんな事。 「でも……それにキラが応えたのは、結局偶然だ」 「夜神くん、その放映を見ていた時の事を覚えていますか?」 例えば誰と居て、何を考えていたか」 「自室で見たから一人だろうけど、何を考えていたかまでは覚えてない」 「あなた程の人が、その時期記憶の欠落が多いですね」 「受験前だったからね」 Lは指をくわえながら、またニヤリと笑う。 嫌な感じだ。 「まあもしあなたがTVを点けていなくても、誰かお友達が知らせてくれたでしょう」 「どうかな」 「あの番組は、キラ事件に興味がある人間なら、物理的拘束がない限り 見られるよう仕組んであったので、あなたが見ていても何の不思議もありません」 当たり前だ。 今更そんな事で僕を動揺させようとしたのだとしたら随分舐められたものだ。 あるいは、Lも相当追い詰められているか。 「もう良いだろ?いい加減眠いし、もう一度シャワーを浴びて寝よう」 「夜神くん」 「何!」 感情を乱すのは悪手だと思うのだが、いい加減苛々が止まらない。 こいつのしつこさは……。 「この世に存在する全ての原子の位置と、運動量を知る事が出来れば 未来も過去と同じように見えます」 「何だ?突然」 「競馬に於いて、全ての馬のデータ、健康状態、騎手の状態のデータ、 芝の状態、気温湿度風力風向、全てを計算すれば、どの馬が勝つか分かります。 サイコロと、それを転がされる面、転がす力、角度、全て計算すれば どの目が出るか、振る前から分かります」 「ラプラスの悪魔だろ?それ位知ってるよ」 「ラプラス自身は『悪魔』ではなく『知性』と呼んでいたそうですが」 「……」 そこで尤もらしく言葉を切り、僕の顔を伺っている。 全ての情報……それらを処理し、計算する知性……。 もしかして、最初に話が戻る、とか? 「……まさか、『全て』を計算した挙げ句、おまえと僕が セックスするという結論が出た?」 自分がラプラスの悪魔だと? いくら何でも、思い上がるにも程が有る。 「ご明察です」 「おまえ実はバカだろ」 「……言った事はありますが、言われたのは初めての言葉です。 自分がそうだとは思っていないのに、結構ダメージありますね……」 Lは、げんなりした顔で拗ねたように言った。 馬鹿馬鹿しい、この世は不確定の連続だ。 本物の神か悪魔でもない限り、「全てを見通す」などという事は絶対に出来ない。 いや……これは、本気で言っているというよりは、 僕を試している、あるいは何かゲームを仕掛けている、か……。 「大体、それを僕に言った時点で条件が変わっただろ? そう言われたら僕はそうならないよう全力で努力するだろうし」 「言っても言わなくても、結果は同じです。 最初に言ったとおり、あなたの心構えの為だけに言いました」 「近日ってどれくらいだ。十日? ならその間は僕は別の所へ監禁してくれ」 「必死ですね?夜神くん」 ゲームなのに、と言われているようで、思わず奥歯を食いしばる。 「ああ、僕から目を離す訳には行かないんだったな」 という事は、これは、僕たちがセックスすればLの勝ち、 しなければ僕の勝ち、というゲームだ。 最初から圧倒的に僕に有利な条件だが……。 プライドが高いLの事だから、僕にクスリを飲ませて無理矢理、といった 卑怯な真似はしないだろう。 同時に僕だって、Lから物理的に逃げ続けるなどと言った事は出来ない。 「いいよ。不確定性原理でラプラスの悪魔を抹殺してやる」 「穏やかで無い言葉が出ましたね。 死神ノートで殺したらどうですか?ラプラスの悪魔を」 「顔が分からないから無理だ。おまえとは逆にね」 態とキラじみた発言をして挑発すると、Lは目をぎょろりと見開いて 面白そうに口の両端を上げた。
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