ラプラスの悪魔 1 「じゃあ、おやすみ竜崎」 「あの、」 いつも通り仕事を終え、寝室に戻ってベッドに入って声を掛けると、 隣のベッドの上でモバイルPCを弄んでいたLが、物言いたげに、こちらを向いた。 「何?」 「大した事でもないのですが」 「うん」 「一応、心構えもあるかも知れないので、言っておこうかと」 「だから何だよ。早く言えよ」 「近日中に、あなたと私、セックスする羽目になると思います」 「……」 何を……言い出すんだ、この男は。 頭がおかしいんじゃないか、と言いたくなったが、 それが無い事は良く知っているので言葉を飲み込む。 「どういう意味?」 「言葉通りです」 「あり得ないだろ?」 「普通はそうなんですが」 Lは眉を寄せて、PCをぱた、と無造作に閉じた。 「私が世界一の探偵と言われているのは、この頭脳のお陰だけでは ありません」 こちらを向き直って、自分のこめかみ辺りをトン、と指さした。 昨年火口を捕縛して以来、キラによると思われる殺人は激減していたが 捜査も膠着していた。 Lの言う通り、火口が「第三のキラ」である事は間違いない。 その火口は、殺人手段を「死神のノート」だと供述しているらしい。 実際、それらしき物も持っていたのだが……Lが、誰も手を触れるなと指示して 火炎放射器で燃やしてしまったのだ。 「私がキラなら、このノートに仕掛けをしておきます。 例えばキラ以外が触れたら一定時間経過後死ぬような毒とか…… 死神ノートだけに、呪いとか」 「でも、ノートが本当に殺人手段だとしたら何よりの証拠だし、 逆にノートがなければキラの犯罪を立証出来ないじゃないか!」 「ノートに操られてまた新たな死者やキラを生産する危険を鑑みれば やむを得ません」 そんな事を言って、僕に対するキラ容疑は解かず、 手錠も外さずこうして寝食を共にする事を強要しているのだから 質が悪い。 「それも、あのノートが本当に殺人の道具なら、という仮定だろ? 触れないまでも、破棄するのはそれを確かめてからでも良かったんじゃないか?」 「あのノートです」 「カムフラージュかも知れないじゃないか!」 「……キラによる殺人手段が、紙状の何かに書く事である、というのは 初期に分かっていました」 「初期?」 「はい。レイ・ペンバーが殺された時に」 レイ・ペンバー。 僕を含む数人を調べて……その後殺されたという、FBI捜査員。 「彼が死ぬ前、不自然に長時間電車に乗っていた話はしましたね?」 「ああ」 「彼は、封筒を持って電車に乗り、封筒を持たずに降りてすぐ死んだ。 しかも、必死に電車の中の何かを見ようとしながら」 「……忘れた封筒が、気になった?」 「そんな物を忘れるような粗忽な人物ではありません。 私は、遠隔殺人出来るはずのキラが、その場に居たのだと考えます」 「考えます」と言いながら、その口調は既に断定的だ。 Lには確信があるのだろう。 「どういう事だ?」 「当時既に、キラの殺人には顔と名前が必要である事が分かっていました。 それらを知って念じるだけで良いのなら、封筒の説明が付かない」 「……なるほど。その封筒がキラに持たされた物だとしたら、 その封筒の中の何かが……殺人に必要で、それを回収する為に キラはその場にいなければならなかった……」 「そういう事です。恐らくペンバーは、死の前の行動を操られていたんです。 そして、仲間のFBIを死なせるよう行動させられて、殺された」 ……確かに。 本当にペンバーが絶対に忘れ物をしないという前提であれば 他に可能性は考えにくい。 しかし。 「ペンバーの死が決定打だと言うのなら、やっぱり僕がキラだと 思ってるんだ」 「はい。間違い有りません。少なくともその時点では」 「……はっきり言うんだな。父さんに聞かれたら問題発言だぞ?」 「建前で話すのはもう、疲れました。 適当に嘘吐くのは平気なんですけどね」 「……」 Lは心底うんざりしたように、溜め息混じりに言った。 そして、何も言えずにいる僕を向き直って。 「だからあなたの前でだけは、本心で話したい。いけませんか?」 「別に……いいけど。 キラだと思っている相手の前で、随分無防備だな」 「あなたはもう、私から逃れる術はありませんし、 私の監視下では、再びキラとして殺人を行う事も出来ない筈ですから」 それは……なんて、不毛な。 「でも、証拠は出ないし僕も自分がキラだなんて絶対に認めない。 客観的にそう見えたとしても、記憶が一切ないのはおかしい」 「はい。ですから、この膠着状態が長引いてます」 「いつまでもこのままではいられないだろ?この先、どうするんだ?」 「最悪、いつまでもこのままです。一生」 「は?」 冗談にしても質が悪い。 男と手錠で繋がれたままの人生なんて、無理に決まっている。 「私だってそんな一生は好みませんが、不可能ではありません。 世界を守る為に、出来るだけの事はする。それだけです。 したいかしたくないかは、問題ではありません」 「冤罪だった場合……実際僕はキラじゃない訳だが、その場合の 僕の人権は?僕の一生は? 友だちと遊び、結婚し、子どもを作り、普通に幸せを追求する権利は?」 「残念ですが、世界を危険から守る為に諦めて下さい。 夜神くんは警察官僚志願でしたよね?殉職と思って」 「冗談じゃない!」 思わず怒鳴ると、Lは鬱陶しそうに眉を顰めて耳に手を当てた。 「耳が痛いですよ夜神くん」 「絶対に、断る!一生このままなんて、」 「落ち着いて下さい。それは最悪の話で、他にもプランはあるんですよ……。 その実現の方法を今、考えている所です」 それは、この膠着を打開する方法なのだろうか。 僕がキラか否か、はっきりさせる方法か。 それとも……僕を消してしまう方法か。 聞きたくなかったので、その時は話を止めてしまった。
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