記憶鮮明 4 「初めて夜神くんを見た時なんですけどね」 一応、夜神月として知っている事以外は話さない方が良い。 逆に竜崎はキラしか知りえない事を聞きだそうとするだろう、と身構えていたが 予想外に、竜崎は静かに関係のない話を始めた。 「……キラっぽいと思った?」 「いいえ、その時点では。 ただ、陶器で出来た美しい人形のようだと思いました」 「そんな事言われたの初めてだよ」 「まあ、日本人は他人の容姿を褒める事に慣れていませんから」 「なんだ、中身がないように見えたって事か」 「というよりは、ご両親の理想と寸分違わず動く、オートマタ」 「……」 頭の中で、西洋のからくり人形がオルゴールの音に合わせて カタカタと間抜けに動く。 確かに僕は両親の希望を全て汲み、その通りに振舞ってきた。 だがそれは自分で選択した道だ。 だから、デスノートを拾って別の理想を見つけた時も、迷いはなかった。 「けれどそのオートマタは、ただの人形じゃなかった。 自分の理想に対しても一切の無駄も妥協もなく、真っ直ぐに進む事が出来た」 「ロボットの反乱か?古臭いSFみたいだな」 「はい。古臭いSFです。ただ、私は思うんです」 「?」 「ロボットは、ただ人間と共存して行きたかった。 それを拒絶したのは、人間の方だと」 「……」 「そう、ロボットは考えたんじゃないですかね」 「……それは、反社会的な者の心情も分かるという意味か?」 「いいえ。『誰にでもその人なりの正義があるという事』は分かる、です。 私には私の正義があり、他の人の正義まで理解する必要は感じません」 竜崎は、真正面から僕の目の中を見つめながら言った。 ……それでこそ、「L」だ。 こんな事を言いながら、きっと彼は誰よりも僕のビジョンを理解している。 そう、思った。 けれどそれとは関係なく、命が尽きるまで僕を追うという事だろう。 何故なら彼は「探偵」だから。 「……人の数だけある正義の中でも、僕の正義は最も有用かつ正しい正義だよ」 「正義に優劣はありません。 『法律』は、その国の正義を多数決した結果の、更に最大公約数ですので 私はそれに従います」 「『法律』の目的は何だ?」 「……」 「犯罪や不正を減らし、最大多数を最大幸福にする事じゃないのか? キラがやっている事は正にそれだ」 「……」 「沢山の罪のない人を幸せに出来るのに、その手段が『法律上』正しくないから 止めさせるなんて、本末転倒だと思わないか?」 「……」 「法律なんて、国によって違う。アメリカでは銃を所持しても合法だが 日本では違法だ。そういう意味では、おまえだって犯罪者だ。 アイバーやウエディと手を組む事だって」 「……」 「本当は分かってるんだろう?目的の為には手段を選ばない。 そういう点では、おまえと僕はそっくりだ」 竜崎は、読めない表情でじっと僕を見ているだけで何も答えない。 だが僕の方は、話す内に……「惜しい」、そう思ってしまった。 Lは、この世界には勿体無い。 僕の作る新世界を守る為にこそ。 彼のような人物が必要なのではないだろうか。 新世界が完成した後の新法律なら、キラの裁きは違法ではない。 Lだって従う筈だ。 きっと、二度と竜崎のような人物に出会う事はない。 竜崎なら、完全に僕の思想を理解し、僕と同じ裁きが出来る。 僕がもし道半ばで斃れても、竜崎なら後を継げるだろう……。 ……だが、この考え方は、危険だ。 直感的にそうも思う。 Lとキラとは、似ているからこそ両立出来ない。 どちらかが死ぬまで、戦い続けるしかない。 Lが死ななければ、新世界は実現しない。 Lが新法律に従うかどうかなんて、考える意味もない。 それなのに。 確かに、そう思ったのに。 「……竜崎……Lを、やめてくれないか?」 気がつけば、そんなセリフが口を衝いて出ていた。 自分でも驚いたが、竜崎も驚いたのだろう。 珍しく固まっている。 僕の中で、竜崎がどくんと大きく脈打った。 「……何ですって?」 「僕と一緒に、デスノートを使って善人が幸せになれる新しい世界を作らないか?」 「……」 「でなければ、殺す」 「……」 「……僕の、精一杯の譲歩だよ」 竜崎は、穴が開くほど僕を見つめた。 ずっと無言だったが、まさか僕がこんな出方をするとは思いも寄らなかったのだろう。 だがやがて、俯いてくっくっと笑い始めた。 「あなたは、本当に面白いですね」 「僕は真剣だ。おまえは、『L』という立場を切り離したおまえ個人は きっとキラに賛同する。そうだろう?」 「しません」 竜崎は言い切ると、ゆっくりと動き始めた。 慣れて感覚がなくなっていたが、驚くべき事に竜崎は全く萎えていなかったらしい。 中を引きずり出されるように持って行かれ、また押し付けられて 萎えていた僕が、熱を取り戻す。 「やめ、ろよ。人が真面目に話してるのに」 「そうですね……」 考える振りをしながら、顔を近づけてきて、 噛み付くように僕の唇を奪った。 「んっ……」 舌を、吸われて抜けそうだ。 上顎を弄られると、頭蓋骨の中全体を、脳漿までも 舐められているような気がする。 頭の中が、竜崎の唾液で満たされていく……。 僕が、どんどん硬くなって腰が勝手に動いてしまう。 「ちょっと、」 「あなたが素直に自白してくれた事に免じて、大負けにおまけしますが」 「は、ぅあ……」 「その話、乗ってもいいです」 「本当、か……」 「はい。但し、殺人ノートは私に預けて貰います」 竜崎は乱暴に僕を突き飛ばし、うつ伏せになった所で腕を捻り上げた。 そして再び僕の中に自分を埋め、片手で腕を束ねたまま 片手で僕の腰骨を掴んで、揺すり始めた。 「ぅ……、そんなの、だめだ」 「何故ですか?」 「そんなの、おまえが出した、取引と、変わらないじゃないか、」 「ですね。ただ、ヨツバキラを殺してしまった事には、目を瞑りましょう」 「あ、ああ、ちょ、話する時くらいは、止ま、」 「すみません。あなたの中が良すぎて、止まれません」 「嘘、つ、や、いやだ!」 竜崎は、腰を掴んでいた手を前に回し、先走りが垂れ始めた僕を 再び強く握った。 「こうすれば、イかなくて済むから話が出来ますよね?」 「……っ」 「それとも、無理ですか?……堪えられませんか?」 そう言われると、無理だなんて絶対言えない。 首を捻って背後の竜崎を睨むと、彼は目を見開いたまま 口の両端を上げた。 「さすがです、キラ」
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