記憶鮮明 3 今まで抱かれていたのはシャワーの後だったから、腕時計に触れられたのは 初めてだ。 「!」 ……大丈夫だ。針も紙も処分した。 裏蓋のスライドも後で処分するつもりだったが……まあ、見つかっても それだけなら証拠にはならない。 「触るなって言っただろ?」 「何で書いたんです?炭の欠片でも一緒に入れておきましたか?」 「竜崎」 「大丈夫です。 もう切片は隠匿しているでしょうし、今更調べても仕方ないので調べません」 竜崎はパッと手を離し、その手で僕の脇を掴んだ。 再び胸に顔を寄せ、乳首を今度はカリッと甘噛みする。 「っつ!」 「ああ、すみません。キラだと思うとつい」 「僕は、キラじゃ」 「私の下に、あのキラがいる……食べてしまいたい程、魅惑的です。 ……食べていいですか?」 「……」 もう本当に、余計な事は言わないほうが良い。 今晩さえ乗り切れば、明日からは何とでも理由をつけて 寝室を別に出来る。 そして早ければ明後日には、竜崎は。 「本当に私を殺せると思っているんですか?」 「……」 「まあ、もし私が死ぬとしたら、これが最後の逢瀬になるでしょう」 「……」 「楽しんでください。死に行く者との情交を」 悪趣味な事を言いながら、鎖骨に舌を這わせ、首筋、顎、と まるで咀嚼するように唇を動かしながら舐めあげて来る。 息を荒げ、僕の足に硬くなった物を擦り付けながら 貪るように口内に入ってきた舌は、いつもよりひんやりしているようだった。 ……僕にとって、竜崎の死は既に確定している。 言わば、多少の時間差はあれ、既に死人だ。 こうしていると、まるで死体に抱かれているような気分で落ち着かない。 竜崎は、平気なのだろうかと思った。 もう殆ど死んでいるような物なのに、こんな生々しい事をして。 自分を殺す者の中に、精液を注ぎ込むなんてナンセンスだ。 いや、そうでもないか。 ある種の蜘蛛や蟷螂のオスは、メスとの交尾の後、食われる。 メスはオスの肉を養分にして、彼の子を育て産むのだ。 ……さよなら。竜崎。 僕は雌じゃないけど、最後におまえを受け入れるよ。 おまえを受け入れ、そして食う。 おまえを食らい尽くして全ての実績を奪い取り、新しい「L」を生み出す。 ……それでもおまえは、僕の生涯でただ一人の男だったよ。 その夜の竜崎は、本当に狂ったのかと心配になる程ケダモノだった。 初めて女を抱くティーンエイジャーじゃあるまいし、 そんなに強く抱きしめたら骨が折れる。 僕の反応などお構いなしに、体のあらゆる部分を噛んで 痛みに呻く僕の声を楽しみながら滲んだ血を舐めていた。 そしてまるでぬいぐるみで遊ぶ幼児のように、僕の足を変な方向に曲げ、 腕を捻り、尻を鉤爪で掴み、乱暴に突っ込んで来る。 これが、Lのキラに対するセックスなのだと思い知った。 今までは、激しくはあったが手心が加えられていた。 そこにはキラでない夜神月への気遣いもあったのだろう。 だが今は。 ……僕はただ、人形に徹していた。 何も言わず、痛みに耐え、尻を差し出す。 頭は冷めているのに、体は熱くて、とろけそうだった。 昔見たゾンビ映画のように、僕を抱いている腕が、胸が 眼球が 見る内に腐り、溶けて行くような気がする。 僕の上に腐肉がぼとぼとと降り注いで来るのではないかと気が気でなかった。 気のせいだろうが、微かな腐臭までする気がする。 そんな中で何度も腹の中に出されたが、感じるどころではない。 下手したらこのまま殺される、そう思っていたが。 ……しつこく突かれ、ぬめりが増える内に。 くちゃくちゃと、接合部から漏れる湿音が耳を通過する度に。 体はどうしようもなく反応してきた。 浅ましい。 僕自身は嫌悪感で一杯なのに、体だけが竜崎を欲しがる。 竜崎は勃起した僕を見てニヤリと笑い、握り締めて先端に爪を立てた。 「っ!」 目の前が、赤くなる。 死体の癖に……! 「抵抗、しませんね、夜神くん」 「……ははっ。酷い事してる自覚あるんだ」 我を失っているのなら仕方ない、最後に良い目を見せてやる、 そう思えば耐えられたが。 態とやっていたとなると、救えない。 「はい。すみません」 「今更謝られてもね……」 竜崎の髪はシャワーを浴びたかのように濡れ、額に張り付いていた。 息も荒く、体も熱いが、よく見ればその目だけが異様に冷めている。 こんなに冷静に、今までの暴行を振るってきたのかと思うと 背筋が薄ら寒くなった。 「いえ……こんなに興奮したのは生まれて初めてです。 キラを犯せる、こんな僥倖に恵まれて、探偵になって良かったと つくづくと思いました」 「……変態」 「自分でも心配です。普段はベッドの中では紳士なんですけどね」 「僕は、今日程じゃなくてもジェントルに扱われた覚えはないけど」 「だってあなたはキラですから」 「……」 肌を合わせて、かなり普通に話せるようになってきた、 夜神月の感覚に戻ってきた、と思ったが。 キラ呼ばわりされて、つい止まってしまう。 我ながら不自然な間が出来て、また追求される、と身構えたが 竜崎は怒張した物を僕の中に入れたまま、くたりと凭れ掛かってきた。 「まあ、今までは99%キラでしたが。さっき100%になりました」 「……何故」 「あなたが、一切抵抗しなかったからです」 「……」 「あなたは死に行く私を哀れんだ。 私との時間はあと少ししかないと、そう考えていますね?」 「そんな事、ない」 「夜神くん」 「何」 「キラを、やめてくれませんか?」 「……」 ……何を、言うんだ。 キラをやめたら、どうなると言うんだ。 おまえはLだ。 はい止めますと言っても、僕を逮捕せずにはいられないんだろう? ……僕がキラをやめるとすれば。 それは、僕の理想とする、誰もが正しい行いしかしない新世界が 完成した時だ。 中学の時、テニスで全国一位になっていなければ僕はまだ続けていただろう。 目指していたトップに立てたから、未練なくやめたが 目的を達成するまでは止めない。 僕の人生に、途中棄権という文字はない。 一度走り始めたら、完全なるゴールに辿り着くまで、止まれないんだ。 「……やめないよ」 「……」 竜崎は、顔を上げて大きく息を吐いた。 「やっと……認めてくれましたか」 「ベッドの上ではキラ、それでいいよ」 「結構です。私もピロートークを証拠にする程落ちぶれてはいません」 僕の体には、沢山の歯形と痣がついている。 竜崎が他の捜査員に、僕が自白したと言っても録音を聞かせても これを見せれば誰でも竜崎が錯乱したと思うだろう。 僕も、こんな事をされれば怖くなって嘘の自白をしたとしても不自然ではない。 今思えば竜崎もそれを狙って、僕に自白する言い訳を与えるために 暴行したのかも知れないが、それならそれで構わなかった。 竜崎だけが、本当の自白だと、分かっている。 この状況はスリリングではあるが本当の危険はない。 どうせ、あと一日か二日の命だ。
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