記憶鮮明 2 「手錠が外れると、なんだか妙な感じだな」 「また着けましょうか?」 「冗談」 夜九時過ぎに火口を確保し、死なれ、それから不眠不休で デスノートの解析や死神への尋問を続けたが、翌日昼過ぎ さすがに捜査員の疲労が隠せなくなってきた。 とりあえずデスノートを厳重に保管して、各自休むことにする。 手錠の外れた僕は、竜崎と一緒に寝室に下がるが すでに僕の部屋が用意されているので、あとは荷物を運ぶだけだった。 「とりあえずの着替えだけでいいか?後は明日運ぶよ。 早く部屋に行ってシャワーを浴びて寝たい」 「ここでシャワーを浴びては?」 「竜崎……13日のルールで僕がキラじゃない事ははっきりしただろ? もう解放してくれよ」 「そんなつもりではありませんでした。ただ普通に、」 ……完全に、油断していた。 僕も疲れていたんだろうか。 足を払われ、ベッドに倒される。 「ちょっ、」 「いいでしょう?」 ここで抵抗すれば、怪しまれる……。 いや、でも、今までも疲れている日は断っていた。 どうすれば不自然でなく断れるか……。 考えている間にも、竜崎は僕の手首をマットレスに押し付けたまま、 頚動脈の辺りを舐め上げて、耳朶を唇に含む。 だが、不意に顔を上げて。 「……どうしました?」 やはり、僕はいつもと違う反応をしてしまっているのだろうか? 自覚がないだけに、どう振舞って良いか分からない。 「その……やっぱり疲れてるのかな。気分が乗らなくて」 「そうですか」 「ごめん」 何だこの倦怠期のカップルのような会話は。 と自分でも思うが、これが精一杯だ。 竜崎は僕の手首から離した片方の手を口元に持って行き、 人差し指で下唇をめくった。 妙に赤い歯茎が、妙に鮮明に網膜に焼きつく。 「……やはり、これから殺す相手に抱かれるのは、気まずいものですかね?」 「……」 普段と変わらない、淡々とした調子であっさりと言われて。 表情ならいくらでも取り繕えるが、血の気が引くのを止める術はなかった。 何を…… 僕が、ノートを手にする前と後であからさまに変わったとでも言うのか? いや、ハッタリだ。 元々殺人手段を手にした時、記憶も戻る可能性が高いと言う話はしていた。 ……黙ってろ。 「記憶のない夜神月」を完璧に演出出来る自信がないのなら、 何も言わないことだ。 そうすれば怪しく思っても、確信なんか持てない。 僕は、「記憶が戻ったと決め付けられて、憤慨のあまり言葉が出ない夜神月」。 その姿勢を崩すな……。 「……」 「もちろん、自覚のない夜神月くんも素敵でしたが。 今のあなたは、完璧だ。 私はやっと本当に、『キラ』を手に入れたんですね」 僕の真上で、薄気味悪く笑う。 口から離した手を、シャツの中に入れられると指先の唾液が冷たかった。 「……っ!」 僕の肋を撫で上げる手のひらはとても性的で…… 言うに言えないが、とても正気の人間の動きとは思えない。 「竜崎、僕は、」 「下手に喋らない方がいいんじゃないですか?」 こちらの考えを読まれているのか? 違う、僕がキラであってもなくても、通用する言葉だ。 またしても言葉一つで僕を抑えた竜崎は、僕のパンツの前をくつろげ、 自分もファスナーを下ろして二本の棒を一緒に握りこんだ。 とは言っても、竜崎だけ滴るほど勃起していて僕は萎えっぱなしだから 一方的に僕の肉で竜崎を刺激しているようなものだ。 僕の上にいるのは、今や世界一の頭脳でもなく、年上の遊び馴れた男でもない。 ただの変質者のようだった。 とても勃起なんかできない。 「つれないですね……前はあんなに欲しがってくれたのに」 「欲しがってなんか、」 「『早く入れて』と。『もう我慢できない』と」 「嘘吐け!そんな事言った事ないだろう!」 「ああ。記憶を失っていた間の記憶は、完全に残っているんですね?」 「……」 「やはり、そうですか」 しまった……逡巡が既に判断ミス……。 そこは間髪入れず、「だから僕は記憶を失ってもいないし取り戻してもいない」と 怒鳴るべきところだった……。 僕が唇を噛んだのを見て、竜崎は口の端を吊り上げた。 「では、改めて聞きましょう」 「……」 「『Lに抱かれるのは、どんな気分だ?キラ』」 「!」 いや、何も言うな! 認めた時点でお終いだ! 僕が固まっている間に、竜崎は手際よく僕のシャツのボタンを 外して行く。 ここで……我慢を、いつものように竜崎に抱かれて油断をさせないと…… まだミサを動かさなければ、チェックメイトとは言えない…… 「……全く。あんな大捕り物の後で、元気な奴だな」 「いつ死ぬか分かりませんからね。焦っているのかも知れません」 「それは、僕がキラで、記憶を取り戻していたら、という仮定だよな?」 以前の僕なら、自分がキラでない自信があったから、 こんな事も平気で口に出来た。 その事を思い出しながら言うと、竜崎は感に堪えないように目を細めた。 「あなたは本当に、大した物ですね」 「もう少しストレートに、やっぱり僕はキラじゃなかった、と 考えられない?」 「られません」 「でも、僕がキラの記憶を取り戻したとしたら、おまえはピンチだよな。 怖くないのか?」 「怖かったですよ、この半日。いつ殺されるかとビクビクでした」 過去形……もう怖くない、という事か? 無言で促されるままに袖を抜きながら、質してみる。 「どういう事だ?」 「あなたが私を殺せるのなら、もうとっくに殺してます。 つまり、今の所あなたには私を殺せない」 「……」 「メンタル的な問題だと思いたいですが、恐らくフィジカルな理由でしょうね」 コイツ……どこまで読んでいるんだ。 いっそキラだと認めて、それでも竜崎は殺せないと言ったら…… いや、弱気になるな! 「忘れてないか?僕がおまえの傍にいる時、火口が死んだ。 つまり、死神が殺したって事だろ?」 「賛同はしませんが、続けて下さい」 「死神ならいつでもおまえを殺せる筈だ。 なのに死んでいないという事は、死神が僕を助ける事はない。 それは僕がキラとも死神とも関係がない、という証拠にならないか?」 「なりません。何故なら前回、あなたが記憶を失ったのも あなた自身の意思だからです。元々死神はあなたを助けません」 「だから。それはお前が決めた前提があるからだろ? そんなの仮定だ。自分の仮定だけが正しいような顔をするな」 威勢よく言った瞬間、竜崎にぺろり、と乳首を舐められて、びくっと震えてしまう。 ふざけやがって……! 「あなたが火口を殺した方法は、大体見当がついています」 「何だと?」 「と言っても、他の可能性が思いつかない、というだけですが」 「……へぇ。あの状況で、僕が殺人ノートに書き込める方法が、あるって?」 「はい。火口のノートを調べてみると、明らかに千切った箇所がありました。 事故で千切れた、というのではなく、千切り取ったような跡です」 「……」 バカな……あのノートは……火口か?馬鹿め! 「とは言え、あなたがあの場でデスノートを千切っていないのは私が保証します。 ただその事から、デスノートが切り離しても使える、という事が分かったんですよ。 書いて殺した後なら、切り取る意味がありませんからね」 「……普通にメモ用紙として使ったかも知れないだろ」 「おや。あなたなら殺人ノートをメモ用紙として使いますか?」 使ったことは、ある。バスジャック事件の時。 だが火口が同じような事をしたとは考えがたい。 そこまで知恵が回ったとは思えない。 「とにかく、あなたは」 「決め付けるな。気分が悪い」 「……キラは。記憶を失う前にデスノートの切片を隠しておいた。 常に必ず身に着けている物で、いつ記憶を取り戻しても使える物に」 「……」 「これ……ですかね?」 気づけば、竜崎は僕の手首を抑える振りをして、腕時計を掴んでいた。
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