炬燵 2 ミカンを剥く事に集中している振りをしながら、考える。 あの時……僕は何か変な表情をしただろうか? 確かに「来た!」とは思ったが、完全に予測していた事だから絶対に顔には出していない筈。 「あ、違います。変わった表情をしたのではなくて」 Lは既に二つ目のミカンに手を伸ばす。 今度は皮を剥かず、いきなり三分の一程をむしり取って、その部分の皮を剥いていた。 「一切表情が変わらなかったんですよね」 「……」 ああ……ああ、そういう事か。 「あなたがもう少し演技をして、『しまった!』という顔でもしたら実行したかも知れません。 いや……それはそれで白々しい、か?」 最後は珍しく独白を吐いて、三房をそのまま口に入れる。 僕が表情を変えなかったから、デスノートの検証が僕の予測範囲内だと気付いて止めた。 だとしても普通は一応やってみるだろうに。 それで首の皮が繋がったのだから、勘の良いことだ。 今度こそ驚いた顔でもしてやるか、と思ったが、馬鹿馬鹿しいので僕はミカンを剥く事に集中する。 「ほれで、現在私は無事れす」 「飲み込んでから喋れ」 「ん……とにかく、殺人ノートの検証は、藪蛇である可能性が高い。 十三日のルールさえ嘘だと証明出来れば、簡単にあなたがキラだと決まるのですが」 Lは、事も無げに剣呑な事を言ってまたミカンを剥きながら続けた。 「その前に私が死ぬ仕掛けになっているとしか思えないんですよね、あなたの思考パターンを考えると。 将棋で言うなら、王手のつもりが逆王手、という奴です」 「……」 僕は繊維を取りかけていたミカンの房を、口に放り込む。 言葉が出なくて、話さなくて良い理由を作る為だけにミカンを咀嚼し続けた。 Lも僕に負けじとミカンを剥き続ける。 「……おまえは面倒くさがりだから、ミカンを剥くのとか嫌なのかと思ってた」 「いえ。どうしたら効率良く剥けるかとか、皮の展開図を予測してその通りに剥けるかとか、考えながら剥くと楽しいです」 「それでそんなに剥き方が汚いのか」 Lの目の前には皮が積み上がり、その上に何故か食べなかった房も置いてあった。 「作業は嫌いですが、パズルは好きなので」 「その房、汚いから全部食べろよ」 「ミカンって結構個体差あるんですね。この個体達は、味見した結果私の基準に達しませんでした。 気にならないのなら、夜神くん食べます?」 「そんな微妙な味の差は気にならないが、おまえの食べ残しは嫌だ」 Lはニッと笑うと、見せつけるようにまた房を積んだ。 「でも、良い事もあるんですよ」 「食べ残しにか」 「いえ。殺人ノートの検証をせずにここまで来た事に、です。 現在に到るまで、私は生きている。 つまり、あなたは自分の意志で私を殺す事が出来ない」 「おまえね……」 その勘の良さに呆れて溜め息を吐いて見せた所で、炬燵の中でLが足を組み替える。 不躾に僕の胡座に足を乗せ、足指が股間に……。 「……」 ああ、これはうっかりではなく態とだな。 子どもみたいなことをする。 と思ったが、殺人ノートの検証でも表情を変えなかったと指摘されたばかりなので、敢えて突っ込まず表情も変えない事にした。 「もし僕がキラだとしたら、殺人ノートを持っていないんだから人は殺せない」 「でも火口は殺せたんですよね?」 「……」 「しかしあなたが私を殺せるとしたら、『もう一人の火口』が必要なんですよね……」 Lの足は器用に、ジーンズの上から僕の性器を弄っていた。 気色悪い、何の嫌がらせだ。 「まあ、実際キラの裁きは続いてるしね」 「ミサさんの部屋を徹底的に監視したいんですが、夜神局長から厳しく制限されています」 「それはそうだろう」 空調の効いた部屋で炬燵に入っているせいか。 さすがに暑いな。 それに、Lの足指の動きが鬱陶しい。 「しかし、今のキラがミサさんだとしても、あなたはミサさんに指示を出せていない」 「ならミサが独自に裁いてるんだろう。ミサがキラだと仮定すれば、だけど」 ああ、何だろう。 自分が、少し勃起しているのを感じる。 男の、しかも足で弄られて。 と思うが、随分長い間抜いてないからな……。 「だとすると、余計におかしいんですよね。 ミサさんは……あなたもですが、私の本名を知らないんですから」 Lは僕の勃起に気付いているだろうが、相変わらずしつこく足指で弄りながら、何食わぬ顔をして続けた。 「じゃあ!僕もミサもキラではない。 という結論に、どうして至らないのか理解出来ない」 「論外です。他に可能性は考えられません。 後は自覚のあるなしだけで」 「可能性なんて、おまえが気付いてないだけだろ」 天板の上ではLと競い合うようにミカンを剥きながら、僕は足を伸ばした。 Lに向かい合うようにして、その脚の間に自分の足を入れる。 Lと違って靴下を履いているので器用には動かせないが、Lのそこも、何故か硬くなっているのが感じられた。 「そう言われると、返す言葉もありませんが」 局所に触れられ、身じろぎしながらも真っ直ぐに僕の目を覗き込み続けるLの精神力には、色んな意味で嘆息させられる。 「以前も言ったように、黒幕が死神やその上位にある者だとすると、辻褄が合うように見えて合わないんですよね。 何故、あなたを切り捨てないのか?」 「……」 「あなたが生きて私の目の前に居る事、それが、あなたがキラである事の証明なんです」 「……詭弁だ」 吐き捨てる様に言うと、Lは堪らなくなったのか手を炬燵の中に入れた。 そして、天板に顎を付けるようにして身を屈め、両手で僕の股間を手探りし、ジーンズのファスナーを下ろす。 「おまえが一人で言っているだけで、捜査本部の結論としては僕はキラではない事になっただろう。 実際僕はキラじゃない、」 軽く睨みながら返して見ると、Lは何故か嬉しそうにニッと笑って僕の下着の中からペニスを取りだした。 指が冷たい。 心なしかべたべたする気がするのは、ミカンの汁か。 「水掛け論ですね」 「ああ。そうだな。この話は止めよう」 ああ、暑い。 片足でLを刺激しながら、Lの手に嬲られるのを耐えている。 不自由な姿勢のせいか、足が攣りそうになったので、僕は腰を引いて炬燵から少し出た。 Lの手から逃れる為では、断じてない。 蛍光灯の光に曝されて、ジーンズのファスナーからはみ出たそこは我ながら間抜けだ。 汗ばんでいるのでボタンを外し、ジーンズをずらして腰全体を外気に曝すと想像以上に気持ちが良い。 Lも暑いのか、少し炬燵から出てこちらに身を寄せてきた。 そして何個目かのミカンを取り、今度は皮も剥かずにいきなり齧り付く。 「……では、何の話をします?」 僕の、勃起を見つめながら。 ぐちゃぐちゃと、咀嚼する度にオレンジ色の汁が目の前で真っ白な喉に垂れていく。 僕はもう、ティッシュを取るのも面倒で、顔を近づけ舌を出してその喉を舐め上げた。 ミカンの甘みに、ほんの少しだけ塩味が混じって、妙に旨く感じられるのが気持ち悪い。 「そうだな……何の話が良い?」 「私の個人情報が曝せない以上……キラ事件の話しか出来ませんしね」 Lがまた僕の股間に手を伸ばして来たので、僕はミカンを一つ取って、その上で握りつぶした。 ミカンの汁が、手首にも垂れたが真っ直ぐに滴ってペニスを濡らし、太股に撥ねる。 挑発に、Lは一瞬眉を上げたが、すぐに顔を近づけて来た。 よくそんな事が出来る物だな、と呆れながらも。 ああ……ぬらぬらと、濡れた舌が、熱い。 「ほう言えば、」 亀頭の周囲に垂れたミカン汁を舐め取った後、Lは僕の太股に頭を乗せて見上げてきた。 「キラという名前。誰が考えたんでしょうね?」 「さあ……自然発生的に、だったと記憶しているけれど」 僕はLを見下ろしてから、炬燵から出たLのジーンズの前を寛げて手を添える。 まだ、硬い。 「殺人者という意味なら、K-I-L-L-E-RでしょうがK-I-R-Aでは女性の名前です。 正体の見えない連続殺人犯が、女性的な、イメージ……だったんでしょうか?」 まだミカンの汁がついた手でいきなり早めに擦ると、Lは身を捩らせた。 ははっ。こいつも普通の男なんだな。 「いや、あれは、単純にミサがバカだったからだろ。 最初にキラの振りをしたビデオテープで、何も考えずキラをローマ字読みで書いた」 「ああ……そう、でした……」 Lも負けじと僕を咥える。 舌だけの時とは違い、全体を口内に包まれると、思わず小さな喘ぎ声が出てしまった。 「れも、その後で、マルラさんが、ほんもろのキラのテープを作った時もK-I-R-Aでしたから、認めたも同然ですよね」 「そう、なるかな」 Lが、やけに優しく舐めてくれるので、僕も自分でする時のように丁寧にLを刺激する。 僕を咥えながら、時々鼻に抜けるような喘ぎを上げるのに、堪らなく興奮した。 やがて、咥えたままでは喋りにく過ぎると思ったのか、Lは手に切り替えた。 「もし、他に本物のキラが居るのなら、絶対クレームが来ると思いませんか?」 「いや。多分、キラはそんな事全く気にしてないと思うよ」 「女性名って、嫌ではないですかね」 「日本国内に居ればそんなに女性っぽいという事もないし、第一本当に女性かも知れない」 「ああ……なるほど……」 Lは輪にした指で茎を擦り上げながら、時折アイスクリームか何かのように舐める。 もどかしい、快感。 「そんな事を言ったら、エルだって女性の名前じゃないか」 「E-L-L-Eならそうですが、E-Lならヘブライ語の『神』由来ですから、男性でも女性でも、」 先から溢れてきた透明な汁で、亀頭の縁を刺激すると、Lの声が詰まった。 暑くて暑くて、僕は炬燵から完全に出て、黙ったまま下着をジーンズと靴下をまとめて脱ぐ。 その間にLも、全て脱いで素っ裸になっていた。 「はっはっ。キラも、新世界の神を気取っていたみたいだけど。 Lも似たような物か」 「そうかも、知れません。 それにしても私達、さっきからバカみたいな会話してますね」 「そうだね」 会話だけじゃないけどね。 小さな炬燵の角で。 半裸と全裸で、触れ合わんばかりで。 お互い勃起していて。 ミカン汁まみれで。 見つめ合っていると、何をしているんだろうな僕達は、とぼんやりしてしまう。 その時、突然。 “3……2……1……おめでとうございまーす!” 突然わーわーと、TVだかラジオだかの、アナウンサーの声と歓声が流れた。
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