炬燵 1 「……で。何でコレなわけ」 「夜神くんこそ、何故ここに?」 がらんと人気もなく静まりかえったキラ捜査本部。 完成してたった数ヶ月の最新式のオフィスは、シンプルで機能的だ。 しかしそのデザインは、施主に似合わず警視庁のそれとは比べものにならない程スタイリッシュでもある。 その、つやつや光る床の真ん中に。 突然の、炬燵。 床にはありふれた量産品の電気カーペットと座布団まで敷いてある。 木目調の天板の上には、竹で編んだ大ぶりな籠と、山積みのミカン。 「というか、よく母さんが許したな」 「何の話です?」 「これ、うちから持って来たんだろう?」 そう。 それは完全に、我が家のリビングの再現だった。 キッチンのテーブルで蕎麦を食べた後、みんなで普段はローテーブルの置いてある場所に設置した炬燵に入る。 ソファはこの時ばかりは背もたれになる。 紅白歌合戦を見ながら、粧裕が取り出したカードかUNOを何となくプレイする。 天板の四隅に、ミカンの皮が積み上がっていく。 母はぶつぶつと文句を言いながらも、何故か嬉しそうに時々その皮を集めてごみ箱に捨てる。 それが我が家の定番の大晦日の過ごし方だった。 僕は受験生……というかキラになってからは、大晦日も正月も関係無く自室で過ごす事が多かったが。 少しは顔を出した。 そうしないと何となく年が明ける実感が湧かなかった。 勿論、そんな実感が湧かなくても年は明けるし、実際この大晦日も自宅に居ない。 居ないのに、大晦日の実家の象徴である、炬燵はここにある。 シュールだ。 「違いますよ?」 「嘘吐け。全く同じだし、この古び具合も……」 カーペットも、ミカンの駕籠も、と言いかけて、微妙な違和感に気付く。 自宅の物より、……新しい……? 「苦労したんですよ?全く同じ商品を探すの」 「……」 ……という事は、自宅にも当たり前にこれと同じセットがある、という事か。 まあ、自宅にあれだけカメラを仕掛けたのだから、仕舞ってあった炬燵もチェックしてあったのかも知れないが。 「……よく見つけたな」 「はい。製造元に問い合わせたり、都内や近県のリサイクルショップを隈無く回ったり。 まあ、したのは私じゃないですけど」 「だろうな」 「クリーニングはしてありますので大丈夫です。私がしたんじゃないですけど」 Lが立ったまま手で促すので炬燵布団を捲り、入ってみる。 見下ろされるのは不愉快だが、懐かしいうっとりする暖かさが膝を包むとつい頬が緩んだ。 「家が恋しくなるな」 「この半年自宅に帰れてませんしね」 「誰のせいだよ」 10月の末に僕はキラの記憶を取り戻し。 同時にLはデスノートを手にした。 予想通り死刑囚を使ってデスノートが本物かどうか検証すると言い出したので、殺す事にした。 ミサは案の定使えなかったが、それを聞いたレムがLを始末してくれる筈……。 だったのだが、Lは突然、やはり検証はやめると言った。 表面上は、父の「人道的に許されない」という説得に応じた形だが。 何か狙いがあるとしか思えない。 それを聞いたレムはLを殺すのを止め、捜査は進展しないまま遂に年末に突入。 Lは僕を含めた全員に、年末年始の休暇を与えた、という訳だ。 「ですから、自宅に戻って良いと言いましたよ? 勿論ミサさんとデートをするのも自由です。待ってるんじゃないですか?」 ……こいつ。 最初から、年末年始は全員帰宅させるつもりだったんだ……。 だが、僕だけは残ると。 随分前から予測していたぞと、誇示したいがための、炬燵……。 あまりにも予想通りに動いてしまったらしい事に、苛立ちを禁じ得ないがそれよりも。 その事で、Lに何か確証を与えてしまったのではないかと気がかりでならない。 「おまえ一人残すのもどうかと思ってさ」 「何故です?」 「だって。ひとりぼっちで年越しは可哀想だ」 「ほう。私がこっそりと殺人ノートを検証しないよう見張っているのかと思いました」 ははっ。正解だよ。 ちっ。 心の中で舌打ちをする。 「まだ僕がキラだと疑ってるのか……酷いな。僕の方はおまえの事を友人だと思ってるのに」 「友人?」 「そう。おまえも言ってただろう?」 「友人、ね……」 Lが、呟きながら目の前の籠の一番上に乗ったミカンを取る。 それからしゃがみこんで炬燵布団を捲り上げ、入って来たのだが、しゃがんだ姿勢のままなので布団が蓋されず炬燵の中の温度が下がった。 「もうちょっと奥まで入れよ」 「奥まで?入れて良いんですか?」 不可解にニヤニヤするLを放置して、僕もミカンを取る。 「こっちの方が皮が薄くて甘そうだ。交換してやるよ」 「はあ。ありがとうございます」 小さな炬燵だ、Lが中で足を伸ばすと、膝と膝が触れた。 「……つまり」 避けるかどうか一瞬考えたが、友人発言の直後なので取り敢えず触れたままにしておく。 「おまえは、僕がキラだと。 他の捜査員が全員帰宅しても、僕だけは帰らずおまえを監視すると踏んでいた訳だ」 「はい」 「もう、やめろよ。その件に関しては決着がついただろう? だから手錠も外したし、おまえも僕を自由にしてるんじゃないか」 「殺人ノートの十三日のルールが覆されない間は、ですけどね」 Lは不器用そうにミカンの皮を剥くと、半分に割って無造作に口に放り込んだ。 口から汁が垂れる。 どうするのかと見ていると、そのまま放って置いて首の方まで流れて行ったので僕は舌打ちをして炬燵から出てボックスティッシュを取ってきた。 「拭けよ」 「はい?」 「もう!」 僕は我ながらまるで母のような声を出して、Lの口元から首を拭いてやった。 「まあ……ぶっちゃけまふとね」 礼も言わず、話を続けるLの声に耳を傾けながら、僕もミカンの皮を剥く。 炬燵はどうしても乾燥するので、適度に水分を採れる「炬燵にミカン」は、やはりよく出来た組み合わせだ。 「私が殺人ノートの検証を止めたのは、それを言った時のあなたの顔を見たからなんですよ」 「……」
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