All Night Long 4 ドアの外に「Don't distueb」の札を掛けておいたので、翌朝もホテルの人間は誰も来なかった。 昼過ぎに、寝ている永夏を置いて楊海の部屋に行く。 掃除が終わっていたのでロビーに行くと、皆ソファでぐったりしていた。 今回は王星や陸力もいるので、あまり面倒な話を振られる事はないだろう。 「おはようございます」 「ああ、やっと登場か。永夏は?」 「まだ寝ています。もう一泊していくと思います」 夜神が無言でフロントに行って帰って来る。 「何です?」 「客が寝ているから邪魔をしないように言って、連泊手続きをして、料金を払ってきた」 「ああ……なるほど」 「大体、人を待たせすぎだろう! なんでそんな平気な顔をしていられるんだ?」 「皆さんあまり気にしていないようですが?」 「そういう振りをしてくれてるんだよ!」 こういう気働きは私には全く思いつかないので、この一点に於いては夜神の方が上だと認めざるを得ない。 「で?楽しい夜だったかい?」 楊海がニヤニヤと笑いながら言う。 「ええ。とても情熱的な夜を過ごせましたよ」 周囲は冗談だと思っているので笑ったが、夜神だけが引き攣った笑顔だった。 「さて。オレ達は夕方の飛行機だからもう出るけど、龍崎老師達はどうする?」 「そうですね……」 夜神を見ると、 「私たちの飛行機は夜です。 少しだけ観光して帰りますよ」 「そう。なら、先日ご馳走して貰うはずだった食事は、また次回、だな」 「ええ、是非」 ……もう二度と会う事はないが。 彼等が台湾棋院に問い合わせたとしても、そこには私はいない。 夜神を見つけ出す事も出来ない。 秀英も口を滑らせる事はないだろうが、一人これが永の別れだと分かっているせいか、少し物寂しげな表情に見えた。 「最後に、皆で記念写真撮らないか? 永夏の顔は後で合成する事にして」 楊海が笑い混じりに言うので、「あ。私が撮ります」と言うと、 「いやいや!龍崎老師は入らないとだめでしょ!」 ……この時、楊海の目が油断無く光ったような気がする。 何か勘づいている……? 「いえ。私写真本当に好きじゃないんで」 そう言って携帯を取り出すと、楊海が「それはさすがに」と苦笑してデジタルカメラを渡して来た。 ロビーに並んだ、外国人観光客。 ありきたりな光景だが、フレームの中で夜神だけが引き攣っている。 まあ、髪型も永夏だし、眼鏡を掛けて人影に隠れているので分からないだろう。 念の為に少しピントを外して写真を撮り、楊海に返す。 「では、部屋に行って永夏を起こさないように荷物を纏めてきます。 皆さん、どうかお元気で」 「ええ。これから台湾棋院の動向もチェックしますよ。 龍崎老師のご活躍をお祈りします」 笑顔で手を振ってエレベーターに乗り、正面の鏡に映った自分の顔にぞっとする。 手で頬を緩めないと、顔の筋肉が引き攣りそうだった。 生まれてから、こんなに長く笑顔を続けた事はなかったかも知れない。 扉が閉まり、軽くGが掛かると、夜神が階数表示を見上げたままぼそりと呟いた。 「……で。一晩中永夏と何をしてたんだ?」 「私の勝手。と、あなた言いませんでした?」 「……ああ、そうだな」 部屋に戻ると、カーテンを閉めたそこは薄暗い。 永夏はベッドの中で裸のままシーツを被り、まだ熟睡していた。 剥き出しの肩、閉じられた長い睫。 いつになく乱れた髪。 「……!」 夜神は一瞬息を呑んだが、すぐに音を立てないように荷物をトランクに纏め始める。 その作業はすぐに終わり、私たちは扉に向かった。 「……龍崎?」 その時、ベッドの中から擦れた小声がする。 「はい。おはようございます。 私たちは帰りますが、手続きをしておいたのでゆっくり休んで下さい。 今晩も泊まっても大丈夫ですよ」 「ん……」 永夏は寝返りを打ち、すね毛の生えた白い足が露わになる。 夜神はそれをじっと見ていた。 「では、さようなら」 「……龍崎」 「はい」 「あんたは、酷い奴だ……」 「私なりに可愛がったつもりですけど?」 「次に会ったら……絶対、やりかえしてやる……」 枕に顔を埋めているので、そのまま外に出てそっと扉を閉める。 夜神はまた何か言いたそうだったが、再び聞くのも癪なのだろう。 結局口を閉じた。
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