All Night Long 2 プロ棋士というのは人の対局を見るのも楽しそうで、一枚はテーブル、一枚はベッドの上の二面の碁盤でそれぞれに盛り上がった。 趙石と私の対局は、ある程度進めてから私の中押し勝ち。 夜神と伊角は、二子置かせて貰って夜神の中押し勝ちだった。 「楊月さん、プロ棋士じゃなくてただの通訳なんですか? 本当に凄いな、負けるとは思わなかった」 伊角は前髪を掻き上げて、目を丸くしながら終局した碁盤を見つめている。 和谷がその碁盤を撮影して、「はい、次つぎ」と盤面を壊した。 「どうします?永夏さん。対局しますか?」 「ああ勿論。正直、おまえを見くびってたな」 「でしょうね。 今は調子がいいので、私に勝てたらボディガード料無料にしてあげますよ」 その場に居た楊海以外はボディガード料など冗談だと思っただろうが、永夏は顔を引き攣らせる。 「……言ったな。なら、万が一おまえが勝ったら」 少し言葉を切った後、 「何でも。何でも言う事を聞いてやる」 堂々と言い切った。 「……ほう」 夜神の服を着て、夜神に似た顔で言われると少しゾクッとしてしまうが。 その夜神が 「ちょっと永夏さん!」 慌てた声を出すので、面白くなってしまった。 「龍崎老師は時々洒落にならない事を言い出すから、あまり気安くそんな約束はしない方が良い」 「何。楊月はオレが龍崎に負けると思うわけ?」 「可能性がなくもない、という事ですよ」 益々焦る夜神に、思わず肩を震わせて笑ってしまう。 「何やら楊月が慌てていますね。 そうですね……折角見た目が似た二人が揃っているんですから、二人で私を楽しませて貰いましょうか」 「おい!」 夜神の怒号に、他の面々がぽかんと口を開く。 冷静さを欠きすぎだろう? 一体何を想像しているんだ? 「……僕は、関係ないだろう」 「そうですか。 では、私が勝った暁には、永夏さんには普段楊月が私にしてくれない事をして貰います」 夜神は眉を顰める。 永夏は快活に笑って、 「いいぜ。せいぜい七千万ウォンに見合う事を考えておくんだな」 と言った。 碁盤の前にしゃがむと、夜神が近付いて来て日本語で耳打ちする。 「……もう止めろよ。 取り損ねたら、丸損するのは進藤ヒカルだぞ?」 「ああ、その場合は勿論私が進藤の口座に返しますよ。 ジオンに貰った金から」 「それでも。五百万どぶに捨てるのか」 「勝ちますから問題ありません」 「……ああ、そう。 おまえが永夏と何をしようが勝手だが、僕は絶対に付き合わないぞ!」 吐き捨てるように言って離れたのを振り向き、ニッと笑って見せる。 夜神は寒気に襲われたように肩を竦め、ふいっと顔を逸らした。 「何を言っているんだ?」 向かいに座った永夏がこちらを睨んでいる。 「こちらの話です」と簡潔に答えて「お願いします」と言うと、永夏も「お願いします」と言って頭を下げた。 普段なら、怪しまれないように棋力は調整する。 台湾の新進棋士として不自然でない程度に、上手く負ける自信もある。 だが、今回はそんなつもりは一切なかった。 夜神がハラハラしているのを見るだけで楽しいし、永夏の鼻をへし折ってもやりたい。 我ながら幼稚だと思うが、事件も終わったこんな所で無難な動きもしたくなかった。
|