Violence 6
Violence 6








男はことさらゆっくりと帽子に手を遣ると、ボスに向かって軽く上げて見せた。


「キムジオンだ」

「……まさか!」

「弟が世話になったようだな」


さすがに知らない顔ではないだろう。
今となっては経済界の裏の顔、往年は企業買収で飛躍的に巨大化した南洞組のナンバー2だ。


「……何の話だ?」


惚けたボスの物言いに、さすがのキムジオンも俯いて苦笑する。


「オイオイ……」

「大体、あんたは何故この場所に来た?」


キムジオンが何かを探すように辺りを見回したので、携帯端末を手にしたまま車の後ろから出る。
倉庫の入り口の方へ歩いて行くと、ヨンイが悟ったのだろう、夜目にも青ざめた。


「GPSって知ってます?」

「!」


ボスは小さく舌打ちすると、


「何の事かわからん。何だそいつは」


と、しらを切った。


「大丈夫です。最初の襲撃の時からこの人とずっと通話中でしたから」


キムジオンが鬱陶しそうにイヤホンを外すと、ボスもさすがに黙り込む。
もう言い逃れのしようもないだろう。


「後は任せた」


男、キムジオンはマシンガンを持った部下達に言うと、私に顎をしゃくってヘリの方に戻り始めた。


「永夏。行きますよ」


夜神を呼んで付いていくとヨンイやマシンガン隊の視線がが恨みがましく絡みつく。
まあ、彼等も命までは取られないだろう。
男に続いてヘリに乗り込むと、再びバタバタと風を起こしてふわりと浮き上がった。





ヘリの中では煩くて話が出来なかったが、大きなビルの屋上に下りてから応接室に通される。
ボディガードに帽子を渡し、身体が沈み込むソファに座るまで無言だったキムジオンだが、私たちも向かいに座るとしげしげと夜神の顔を眺めた。


「永夏、ではないんだな?」

「違います。依頼人をそんな危ない目には合わせません」

「すまない。私も長い間あの子に会っていないんだ。
 カメラ越しに見るくらいだが、それにしてもよく似ている」

「お父様の容態は?」

「まあ、一進一退だな」


この国の民主化宣言以来、陰に日向に勢力を伸ばしてきた韓国一の経済ヤクザ。
その伝説の男も寄る年波には勝てず、大病を患っている。

その地盤を引き継ぎ、実質的な組長として会社も組も取り仕切っているのが、その長男のキムジオンだ。
彼には二人の弟と妹がいた。

一人は実の弟で、主に表の会社を任されている。
永夏とその姉は、父の愛人の子で腹違いの兄弟だ。

正妻の子以外は特に極道に関わらず、必要な時だけ援助を受けながら一般人として生きていた。
そしてそのまま、一般人として生を全うする筈だった。

永夏が碁の世界でめきめきと頭角を現し、有名人になってしまうまでは。

勿論それは偶然に過ぎないが、メディア越しに彼を見た父は。
息子達の中で誰よりも自分の気質を受け継ぎ、また見た目も愛人によく似た永夏に密かに目を掛けていた。

父が思いがけず死に瀕して、その莫大な遺産の相続話が出て来た時。
本来手切れ金程度の相続しか出来ない愛人の子に、資産の半分近くを譲ると遺言していた事が明らかになったのだ。

それを知ったキムジオンの弟は慌てた。
自身も少なからざる資産を相続出来るのに、欲を掻いて父の存命中に何とか永夏を亡き者にして自分の取り分を増やそうとしたのだ。

だが、父の体調は思わしくない。
もしかしたら明日をも知れないかも知れない。

永夏より父が先に死ねば、財産は永夏とその家族の元に行ってしまう……。

だから、父の配下とは縁の無い小さな暴力団に依頼して。
今回の事件が起こった。




「弟さんはどうなります?永夏じゃない方の」

「今回の件は父に報告して灸を据える。
 恐らく既に生前贈与されている以上の相続は期待出来ないだろうな」

「では、浮いた遺産は?」


キムジオンは笑いもせず。


「オレの方に来る事になるだろう」


淡々と言った。


「永夏を助けた甲斐がありますね」

「関係無い。
 きれいに使える金でもなく、永夏には迷惑な遺産だろうから気の毒には思うが……。
 まあ、私がそれなりにフォローはする事になるだろう」

「面倒見がいいんですね」


キムジオンは僅かに眉を寄せた後、傍に立っていたボディガードに向かって手を挙げる。
男は一旦部屋から出ると、すぐに分厚い封筒の乗った盆を持って戻って来た。


「5億ウォンある。これで今回の件は終了だ。あんたとも」

「気前が良いですね」

「命を張って弟を守った報いだ、当然だろう」


そして少し無言で俯いた後。
顔を上げてしっかりと私と夜神の顔を見ながら、


「カムサヘヨ」


と低い声で言った。






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