Violence 2 「……ああ」 いくら徴兵制があっても、一般社会で発砲できる精神の持ち主の割合は他の国と変わらないだろう。 男が左手で、左の内ポケットから取り出しにくそうに携帯電話を出す。 震えて取り落としそうになり、咄嗟に右手で受けて痛みに唸り声を上げていた。 「……すみません、ヨンイです。 申し訳ありません、失敗しました……はい」 血塗れの携帯電話、呻くような声。 見るだに痛々しいが、見えない相手にも惨状はある程度伝わるだろう。 「右手に負傷を。 現場には私の血と車のガラスが散っています。 ……はい。そうなります」 電話の向こう側の声はだんだん大きくなり、最後にはこちら側にも聞こえてくるような怒鳴り声になっていた。 「はい……はい。本当に、申し訳ありません」 夜神は退屈してきたのか、韓国語で私に話し掛けて来る。 「タルリョはもう良いんだな?」 「月亮」の韓国読み……という事は、文脈を読むまでもなく永夏を差すのだろう。 「はい」 「僕に武器はくれないの」 「取られたら危ないですし、私に向けられても困りますし。 その人が自殺でも企てないよう、」 気を付けろ、と言おうとしたその時。 「……ええ。今、一緒にいます」 俯きながら小声で話していたナイフ男がちらりと、夜神の膝に目を遣る。 私と夜神は、思わず目配せした。 ……この男はまだ、夜神が永夏だと思っている。 夜神が永夏の名前を出さなかったのは正解だった。 ならばまだ利用価値はある筈だ。 何とかこちらを引っかけて、我々をボスの所に運ぼうとするかも知れない。 再度夜神を殺そうとするかも知れないが。 やがて男は電話を切った。 「どうです?ボスと話はつきましたか?」 「ああ。警察の到着を遅らせて、その間に血の跡を始末してくれるそうだ」 「それは良かった。では、逃げます」 アクセルを踏み込み、通りに出る。 通りに集まり、わざわざ車を停めてこの車を見ていた野次馬を蹴散らすようにハンドルを切った。 「オレ達を、どこに連れて行くんだ」 「どうしましょう。病院前にでも下ろしますか?」 「……」 「冗談です。少し聞きたい事があるので、人のいない所に行きましょうか」 私はハンドルを切りながら、短縮登録してあった番号に電話を掛ける。 「……もしもし。ええ、私です。 今から面白い事がありますので」 車をどんどん走らせ、橋を渡って仁川の方に向かった。 港の空き倉庫をいくつか、日本を出る前に夜神が押さえてある筈だ。 「ええと。32Bでしたっけ?」 「ああ、まあ取り敢えずそこでいいだろう」 古びた倉庫の前に車を止めると、夜神が下りて鉄の扉を開けに行く。 その間私は後ろに銃を向けていたが、男達は抵抗する様子はなかった。 空の倉庫の中に車を乗り入れると、背後で夜神が扉を閉めたのか、軋んだ金属音と共に辺りが薄暗くなった。 だが、天窓が二列ほど開いているので、周囲が全く見えない程ではない。 夜神がどこかでスイッチを入れると、あちらこちらの扉付近で申し訳程度に蛍光灯が灯った。 男達に出るように指示し、電灯の下に座らせる。 私たちは車の傍の薄暗がりに立った。 「思い出しますか?この雰囲気」 夜神に向かって話し掛けると、腕を組んで眉を顰める。 「何の話」 「YB倉庫ですよ」 「だから何の話だって」 分かって居て不快げに言うのに、ヨンイと名乗っていた男も不機嫌に口を開いた。 「何の話だ?」 「こちらの話です」 それから私はボンネットの上に飛び乗り、そこから車の屋根の上に登ってしゃがむ。 銃を向けると男達は顔を見合わせた。 「さて。では始めましょうか」 「……」 「手順を言います。 これから一つづつ質問をして行きます。 どちらかが三秒以内に答えなければ発砲します。 どこに向かってか、は任意で」 「……」 「分かりました?」 「……分かった」 「二秒以内ですね、分かって頂けて助かります。 あと、明かな嘘や、私の意に染まない返答でも発砲します」
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