Violence 1 そうこうしている間に二人は店を出た。 こちらも慌てて会計をする。 店を出ると、夜気が纏わりついて来るようだった。 少し霧が出て来たか。 『じゃあね、永夏』 『ああ、次は明後日、か』 イヤホン越しなのか、肉声なのか分からない程の距離の場所で二人は別れる。 夜神は両手をポケットに入れて敢えて車の方に向かって歩き始めた。 電柱に凭れ掛かっていた煙草の男は、さりげなく動き始める。 やはり、これはまんまと掛かったな。 夜とは言え人通りはゼロではない。 すぐにはどうこう出来ないだろうが……。 と踏んでいたのに、男は突然小走りで夜神の方に向かって行った。 「楊月、危ない」 マイクに向かって言うと、夜神は振り向く事もなく、すっ、と身体を避ける。 一瞬前まで夜神が居た空間を、男は駆け抜けて行った。 だが慌てもせず、すぐに身体を反転させて夜神に正対する。 『不味い。ナイフ持ってる』 「しかも身体の動きがプロですね。 あと十秒だけ自分の身を守って下さい」 私は呆然とする永夏を残し、足下の石を拾って全速力で通りを渡った。 そして、夜神を顧みずに車に向かう。 走りながら石を運転席の窓にぶつけ、罅が入った所に勢いのままに蹴りを入れると強化ガラスは簡単に割れた。 「……!……、……!!」 何か叫びながら、パニック状態になった運転手が拳銃を突き付けて来る。 撃鉄に指を掛ける前に腕ごと掴み、両足をドアに踏ん張って引き抜くと、男は窓から簡単に転がり出て来た。 私も背中から地面に叩き付けられて一瞬息が止まったが、運転手も奇妙にのたうち回っている。 よく見れば右手が動いておらず、少し長い。 肩が抜けたか。 私は肩で息をしながら立ち上がり、手の中に残った拳銃を構えた。 その先には、夜神と相対している男。 だが私が警告を出さなくとも、男は顔をこちらに向けていた。 「私は、友人を守る為に今からあなたを撃ちます」 「は?え、」 相手が何か言う前に引き金を引き、ナイフを持った掌に穴を開ける。 「ぐっ!!」 男は血がどくどくと流れる右手を押さえ、膝を突いた。 車の窓硝子を割った音で集まってきた野次馬が、悲鳴を上げる。 夜神は顔半分に血飛沫を受けて立ちすくんでいた。 だが面倒くさそうに眼鏡を外し、ハンカチで拭ってかけ直す。 それからまだ道端で転がっている男を引っぱって立たせて悲鳴を上げさせ、後ろ手に縛った。 「どうする」 「車へ」 最低限の会話で、夜神が後部座席に肩抜け男と縛り上げた煙草の男を詰め込み始める。 私はその間に、まだ通りの向こうで棒立ちになっている永夏に電話をした。 『一体、何がどうなって』 「今夜は秀英と楊月のホテルへ。すぐそこです、分かりますね? 鍵はフロントで、堂々と受け取れば大丈夫です。 何があっても今夜は絶対に部屋から出ないように。 ルームサービスも禁止します。途中コンビニに3分間だけ寄ることは許可します」 『何でおまえに、』 「急いで下さい。命が惜しければ」 有無を言わせずに電話を切り、次に楊海に電話する。 コールを待ちながら持っていた拳銃、K5を脇に挟み、転がっていたナイフを拾ってポケットに入れた。 『はい。こちら楊、』 「急にすみません。今コンチネンタルホテルですよね? これから、ホテルから南に1ブロック行った所のGS25に行って下さい。 10分以内に秀英と永夏が現れますので、捕まえて我々の部屋へ」 『え?ええ?何?』 「本人にも言いましたが、今夜は部屋に籠城して下さい。 我々の代わりに彼を守って下さい。他に頼める人がいません」 『と、えっと……よく分からないけど、永夏が危ないのは分かった。 明日出国だけど、それまでは出来るだけの事はする』 「お願いします」 やはり、頭が柔軟で決断力のある男は貴重だ。 運転席に乗り込むと、シートに飛び散った硝子のせいで座り心地が悪い。 夜神は既に二人を乗せ、自分も後ろの席で彼等を監視していた。 「あなた方のボスに、電話していいですよ」 「……」 「もうすぐ警察が来ます。血の跡とか色々……まずいでしょう? 多分ボスなら揉み消してくれます」 「……」 夜神が自分に近い方、つまり真ん中に座っているナイフ男の拘束を解く。 眼鏡を掛けた、意外に若い男だ。 右手からはまだダラダラと血が流れていた。 「……分かった、から、取り敢えず、車を」 「あなたが電話を終えてからです。 その前に妙な事をしたら外に放り出すか、これを使わなくてはなりませんから」 拳銃を挙げて見せると、男は軽く眉を顰める。 「私が素人で無い事は分かりますね?」
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