Night of Seoul 3 「ふう……」 楊海が、やっと夜神の身体から手を離して大きく息を吐いた。 「凄いな……龍崎さん」 「見よう見まねです。伊達に長い間入院してません」 「いやいや、そんなレベルじゃないよ……。 手際も良いし何より度胸が」 「他に方法がないと言いました」 「まあ……オレがあんたと同じ立場だったとしても同じ事をするかも知れんが」 言いながら立ち上がり、バスルームに向かう。 私は夜神を起き上がらせ、上半身を全て脱がせた。 夜神は噛んでいたタオルを外し、少し首を回す。 「大丈夫ですか」 「……りがとう」 「大した事なくて良かった」 「……」 楊海はそのタイミングで湯で絞ったタオルを持って来てくれた。 「永夏さん達は?」 「もうすぐ来るよ。 ……何だか永夏の様子がおかしい」 「無理もありません」 血で汚れたパンツも脱がせ、全身の血を拭って着替えさせる。 夜神は少しふらついたが、意識も意志もはっきりしているようだった。 「横にならせて貰って良いかな」 「はい。念の為に腕の下にタオルを敷いて下さい」 夜神に抗生物質を飲ませ、ベッドに横たえて掛け布団を掛ける。 やはり私は、彼を介護する巡り合わせのようだ。 楊海がブルーシートに溜まった血を処理しに行くのと入れ違いに、永夏と秀英がバスルームから出て来る。 永夏の顔色は少し戻っていたが、相変わらず心ここに在らずと言った面持ちだった。 「高さん。スーツ、駄目にして申し訳ありませんでした」 「いや……って。韓国語が話せるのか?」 「片言ですが。それより大切なスーツだったのでは?」 「……」 何故か黙り込んだ永夏に代わって秀英が肩を竦める。 「去年まで大きな棋戦で何回か着た物だから……」 「ああ、それは本当に申し訳ない」 「じゃなくて、目垢がついてるから、もう着ないって」 「……」 「ああ!勿論楊月さん達が着たら別のスーツに見えるだろうと思って貸したんだと思うけど」 なるほど……。 少し話が見えて来た。 ……永夏の顔色の悪さは、演技では、ない。 「永夏さん」 「……何だ」 「あなた、楊月、自分と間違われて狙撃されたと思いますね?」 いきなり切り込むと、秀英が目を丸くする。 「な、」 「だってそうでしょう。 白いスーツを日常で着る人は珍しい。でもあなたの白スーツは有名。 しかも楊月はあなたと体格が似ている、誂えたようにぴったり着こなしていた」 秀英の顔も、青ざめる。 永夏の顔を見たが、まるで能面のようだった。 「夜道では、髪の色が多少違っていても分からない。 これが棋士の集団だと分かれば、その中の白はあなただと思う、普通」 永夏は少しの間固まったままだったが、やがて糸が切れたように肩を落とした。 「……あんたも、やっぱりそう思うか」 「はい。勿論責める気は全くありませんのでご安心を」 横目で夜神を見ると、顔を顰めている。 一連の襲撃事件が永夏の自作自演ではない、という事がはっきりした瞬間だ。 永夏は自らを奮い立たせるように頭を一つ振った後、いつもの傲岸な様子で顔を上げる。 「ああ。オレにも全く予想外だった。責任は感じないよ。 勿論こっちも、スーツを弁償しろなんて言わない」 「はぁ。助かります」 秀英は困ったように永夏と私を交互に見た。
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