Night of Seoul 1 安太善が紹介してくれた大人数入れる店は西の方に向かって数ブロック歩いた所だった。 着替えたかったが、皆スーツのまま行くらしいので仕方なく夜神に荷物を持たせて着いて行く。 楊海がネクタイを緩めたので、私がネクタイを外しても夜神は怒らなかった。 ビルは多いがオフィス街なのか、閑散とした町をいくつかの塊になって歩いて行く。 事件が起こったのは、人通りが完全に無くなった辺りだった。 一台の車が妙にゆっくりと走ってきたのだ。 路上駐車でもするのか。 何気なく思った時。 「危ない!」 思わず、声が出る。 パン! 乾いた、竹でも爆ぜたような音がして。 車はキキーッ、と甲高くタイヤを鳴らし、猛スピードで去って行く。 開いた窓の隙間から光る銃口が引っ込むのがスローモーションで見えた。 と、共に。 一つの人影が膝を突き、韓中日語の怒号が混じり合いながら響く。 その真ん中で自らの左腕を掴み、姫君を前にした西洋の騎士のように片膝をついているのは…… 夜神だった。 「楊月!」 私より先に、秀英が駆け寄る。 「……大丈夫……咄嗟に荷物で庇ったから……」 夜神の夜目にも白いスーツの左腕に、みるみる赤黒い染みが広がっていた。 袖口からも液体が流れ、手の甲と指先を伝って地面に落ちる。 「警察を」 冷静に携帯電話を取りだしているのは楊海だ。 「待って下さい!」 夜神が声を荒げるのと同時に、私がその電話を取り上げる。 「何だ?」 「通報は、駄目です……国際問題になる」 「そんな事を言っている場合じゃないだろう!」 「龍崎は復帰したばかりです。今回のイベントは大事なんです。 彼が悪くなくても、問題を起こせば台湾棋院は……」 「しかし」 「お願いします。自分で何とか出来ますから」 夜神が取り落とした鞄には、黒い焦げ目がついていた。 どうやら、私が危ないと叫んだ時に咄嗟に鞄でガードしたらしい。 そのせいで傷が浅く済んだのかも知れないが、貫通しなかったのは少し面倒だな。 私はファスナーを開け、夜神のシャツを取り出して腕を縛り、取り敢えず止血した。 「韓国が右側通行で良かったですね。 これが左側通行の国だったら、右腕を撃たれていた」 「……それで……慰めているつもりか……」 流石に痛みに呻く夜神を立たせ、鞄を持つ。 「すみませんがこのままホテルに帰ります。 食事はまたの機会にでも」 「いやいや!何言ってるんだよ!本当に病院にも行かないつもりか?!」 楊海は、慌てて夜神の反対側を支えた。 「病院に行けば通報したも同然でしょう」 「しかし」 「大丈夫です。明日朝一で国に帰れば何とかなります」 「その状態で?!無理だろう!」 「とにかく、皆さんは何もしないで下さい。内密に願います」 楊海は唇を噛んだ後、韓国語と日本語で他の者達に通訳する。 それぞれ異論はあるようだったが、楊海は言葉巧みに収めてくれた。 「分かった。しかし、一緒のホテルだろう。部屋までは送る。これは譲れない」 「……分かりました。お願いします」 「楽平、趙石、伊角くん、和谷くんは先に帰ってくれ」 「そんな!」 「大勢で動くと目立つ。明日必ず報告するから」 楽平達は、口惜しげに拳を握りしめる。 楊海は北京語と韓国語を器用に使い分けながら、永夏と秀英にも指示を出した。 「悪いが君たちは着いて来てくれ。 今後、韓国棋院と話をする事になる可能性もある」 「はい、勿論」 「……」 そう言えばこんな時には一際声高に騒ぎそうな永夏は、ずっと無言だ。 少し顔が青ざめているように見えた。
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