Baduk 5
Baduk 5








写真で撮影するように。
大半の人間が画像を記憶しておく事が出来ないという事を知ったのは五歳の時だった。
それではあまりにも不便なのではないか。
そう思ったが、どうやら私の方が「異常」らしい。

目の前では趙石が顎に手を当てたまま考え込んでいる。


「もう何が何だか分からないやー」


そんな事を言っているのは楽平か。


「……龍崎老師、戦局見えてます?」


突然、顔を上げた趙石が微笑みながら尋ねて来た。
一つ頷いて見せる。


「勿論」


趙石は自分の髪に少し触れると、


「ありません」


と、突然頭を下げた。


「はぁ……そうですか。ありがとうございました」

「ありがとうございました」


周囲がざわつき、楽平が素っ頓狂な声を上げる。


「え!趙石、負けたの?」

「うん、この石とこの石とこの石が分からなくなった」


趙石が指差した石は、全て私が置いた石だ。


「全部白ですよ」

「そうですか……」


目の前で、少し口惜しそうに口を引き結ぶ。


「そんな気もしました。だとすると続けてもボクの負けだ」

「はい」


趙石は盤面を凝視したまま動かないのに、楊海や楽平が伸びをする。


「……強いですね、龍崎先生」

「いえ。偶々一色碁は得意なんですよ」

「ボクも得意なつもりだったんだけどな。
 一色碁でこんなに込み入った対局をしたのは初めてで」


言いかけて、趙石は負け惜しみに聞こえる事を怖れたのか慌てて口に手を当てた。


「やるじゃないか」


真後ろからの声に振り向くと、いつの間にかポケットに手を突っ込んだ永夏が立っていた。
もうイベント終盤なのか、殆どの棋士が集まってきている。


「まぐれですよ。
 高先生にお借りしたスーツの御利益かも知れませんね」


夜神が私の言葉を通訳すると、周囲がざわついたのでまた最初から私と夜神が永夏にスーツを借りた話をしていた。


「そう言えば、オレとも対局する約束だったな」

「はぁ……でも、もう時間ないみたいですよ」


面倒になって答えると、夜神が慌てて通訳する。


「ですが、スーツをお借りしたお礼はしたいです。
 この後お時間があれば、親睦も兼ねて皆さんでお食事でも如何ですか?」

「スーツも買えないのに?」

「まぐれでも勝てて気分が良いので有り金はたいてご馳走しますよ」


せいぜい貧乏棋士を演じたつもりだが、永夏は眉を顰めた。


「皆さんってどの位の範囲かな?」


その時、観戦していた楊海がにこにこしながら口を挟む。


「勿論、韓国勢の皆さんも中国勢の皆さんもどうぞ」

「まあ、ご馳走になるかどうかはともかくとして、親睦を深めるのは悪い事じゃない。
 うちのゲストの伊角くんや和谷くんも行って良いかな?」

「どうぞ。この辺に良い店あります?」


結局、安太善と林日煥は用事があるとかで、永夏、秀英、楊海、趙石、楽平、伊角、和谷、そして私と夜神で打ち上げに出かける事になった。






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