Baduk 2
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それから人気の少ない上層階のトイレに向かい、スーツを取り出す。
夜神は「へぇ、」と小さな感嘆の声を上げた。
一着は派手な青地にピンストライプ、もう一着はアイボリーの無地だ。
しかし、白いスーツとは……。


「私、ファッションの事はよく分からないんですが」

「ん?」

「なんだか下品じゃないです?彼の趣味」

「いや、僕は逆に意外と育ちが良さそうだと思った」

「何故ですか?」

「正直、もう本人が着られないような時代遅れかボロボロの安物が来ても仕方ないと思ってた」

「はぁ」

「どちらも派手だけどあいつが着れば似合うだろうし、物も良いよ。
 ほら、それにご丁寧に合わせたシャツとネクタイも入ってる」


本人にとって不要ではないスーツを二着も初見の外国人に貸してくれる。
それが気前が良いと判断されるのか。


「そうですか。どちらの方がマシ……いや地味だと思います?」

「白は難しいから……どちらかと言えば、ストライプかな」

「ではそれを私が」

「……ああ、そう」


それから夜神は、手早く着替え、ネクタイを結ぶ。
ジャケットを羽織りかけて、私の視線に気付いた。


「……何してるんだ」


シャツも一応着たしパンツも穿いたしジャケットも羽織ったが、それだけだ。


「タイは、なくて良いですか?」

「そんな訳には行かないだろう。折角貸してくれたんだし」

「しかし、赤はないでしょう」

「スーツとよく合ってるよ」

「あなたのと替えて下さい」

「そんな事したらおまえはやたら地味だし僕はおめでたすぎる」


夜神のスーツはほぼ白だが、対してタイは地模様のある濃いグレーだ。


「……分かって言ったんですね?こちらが派手だと」

「いや。青と赤の取り合わせは恐らく台湾の国旗をイメージしてくれたんだろうから、おまえが相応しいだろ」


そこまで考えるだろうか?
あの男が。


「で、僕の白と黒も合わせたら、大韓民国の出来上がり」

「ああ……なら偶然じゃないですね。
 その程度の嫌がらせは、やりそうですし」

「嫌がらせじゃないだろ。彼なりの国際親善なんじゃないか?」


夜神はガーメントケースを畳むと私に近付いて来る。
上着の中に手を入れてワイシャツをパンツの中に押し込む。
それからパンツのファスナーを上げてボタンを掛け、ベルトを通してネクタイを締めた。
ここまで一分、さすが中々の器用さだ。

正直さすがにスーツくらいは自分で着られるが、夜神に傅かれるのは悪い気分ではない。
彼はそんな事にも気付かず、ニアにするのと同じようにただ習慣で目の前の人間の世話をしてしまうのだろう。


「お互いサイズは丁度だな」

「微妙に裾が長いかも知れません」

「ちゃんと穿けば大丈夫……だけど、おまえ、肩が少し余ってるよな。
 もっと胸筋つけたら?」


トイレの鏡の中に目を遣る。
まあ……確かに、私は着せられたようで、目だけで笑っている夜神は誂えたようにぴったりと合っている。
明るい色のスーツは確かに難しそうだが、彼は自分の物のように着こなしていた。


「まあ、どうでもいいんですよ、こんな事は。
 遅刻しています。行きましょう」


夜神が益々勝ち誇ったようにニヤついていた。






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