Baduk 1
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翌朝、きっちり七時四十五分に永夏は韓国棋院に現れた。
自分自身もスーツを着て、手にもスーツの入っているガーメントケースを二つ持っている。
だが、その表情は凶悪としか言えなかった。
元の美貌と相まって、人を寄せ付けない凄味を醸し出している。


「おはようございます」

「……アンタ達だよな、夜中にスーツを貸せとか秀英に言わせたのは」

「はい。不注意で申し訳ありません」

「頭おかしいんじゃないのか」


永夏と一緒に来た秀英が割って入る。


「やめろよ!永夏。
 誰にだってミスはあるだろ?」

「プロ棋士は、そのミスが一番少なくなくちゃいけない職業だけどな!」

「こちらのミスで大変なお手数をお掛けしたのは本当なのですから。
 永夏さん、何でも埋め合わせをします」


夜神が、白々しい程に申し訳なさそうな表情で答えた。

……そう。スーツを借りるというのは名目で、本当は永夏に近付きたいだけだ。
実際にスーツを駄目にする必要はなかったが、話がどう転ぶか分からないのだから吐く嘘は少ない方が良い。


「ああ、そう」


永夏は少し気を削がれたように考えていたが、やがて意地の悪そうな笑顔を見せた。


「なら、オマエ。龍崎だったっけ?一応プロ棋士だそうだな?」


言葉が分かっていない振りをすると、夜神がこちらに向かって北京語で同じ事を言う。


「はい。ブランクが長いですが」

「本当かな。台湾棋院で龍崎という名前を聞いた事がないんだが?」



こんな所で……。
昨夜から、言いはしなかったが疑っていたという事か。
意外と侮れない男だな。


「私が活動を休止したのは五年前。
 当時は台湾棋院のホームページはありませんでした。
 サイトの製作担当者が、長らく対局していない私の名を載せるのを忘れたのでしょう」

「なら、五年以上前なら対局記録がある筈だな?」

「それが、プロ試験に受かってすぐに体を壊したもので」


夜神がわざと間怠い通訳をしてくれたからだろう、永夏は途中で面倒そうに手を振った。


「まあいい。オマエが、今日のエキシビションマッチでオレに勝てたら、不問にしてやるよ。
 スーツもやるし、弁償もしなくていい」

「はぁ」

「永夏!また、そんな意地の悪い事を」


私が本物のプロ棋士ではないと知っている秀英が、焦ったような声を出す。
高永夏、か。
今回初めて調べたが、確かに相当強い。
あの塔矢行洋も手を焼いたと聞いているが……。


「いいですよ、洪さん。どうせ弁償はしますし。
 私なんぞが勝てる相手ではないかも知れませんが胸をお借りできるなら喜んで」


夜神は通訳しながら不安げな顔をしていた。

ああ、そうだ。
お前も知っての通り私は幼稚で負けず嫌いだ。
絶対に、負けてやるものか!


「はははっ!面白い奴だな。
 いいよ、一子と先手をやるよ」

「はあ、ありがとうございます」


実質二子か、これで負けたら夜神が手を打って喜ぶだろうな。






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