Interview with East Asia 2 安は車で、ソウル市街の韓国棋院の傍のホテルまで送ってくれた。 彼がカウンター手配をしている間に、秀英がそろりと近付いて来る。 「……メールは、お役に立ちましたか」 「えっと……何のお話でしょう?」 夜神は一瞬私の方を見たが今は誤魔化すことにしたようだ。 だが秀英は怯まず、 「進藤から聞きました。お二人の外見。 そちらが、Lですね?」 あの馬鹿……! 「すみません、進藤に無理に聞き出したのは僕です。 きっとLは、近々韓国に来るだろうと予想したので」 だから嫌なのだ……一般人と関わるのは。 彼らに顔を見せたのは、間違いだった。 夜神は一歩秀英に近づき、更に顔を寄せて声を顰めた。 「洪さん。あなたが思っている以上に“L”というのは危険な存在です。 世界中の警察が、ベストと分かっていても取れない手段を選べる。 超法規的措置というやつです」 「ええと」 「Lは、キラではありませんが世界中の犯罪のストッパーにもなっている。 そのLの存在が脅かされるような事があれば、一般人でも」 秀英が、ごくりと喉を鳴らす。 「……命が惜しければ、他言無用という事ですね?」 「はい。出来れば忘れた方が良い。 我々の滞在中余計な事をしないで下さい。 また、我々が出国したら我々の外見も含め全ての情報を忘れて下さい」 秀英は夜神の顔を見上げてもう一度喉仏を上下させた後、 「……分かりました。 でも僕にお手伝いが出来る事があればすぐに言って下さい。 内部の人間でなければ調べられない事もあるでしょうし、それに」 妙な所で言葉を切ったが、安が戻って来る気配に、早口で続けた。 「永夏は友人です。彼を守りたい気持ちは進藤以上です」 「分かりました……ではフォローをお願いします」 ここまで私は一言も喋っていないが、最後は縋るように私を見つめる。 私は……指を咥えたまま、ぼんやりとその顔を見つめ返していた。 その晩は、韓国棋院、中国棋院のメンバーを含め、イベント前夜の懇親会だった。 それぞれ関係者、棋士を含め十人近い大所帯なので、たった二人の我々はやはり浮いてしまう。 気配りしてくれたのは、やはり安だった。 「ああ、龍崎老師!こちらへ」 私は秀英と話していた夜神のジャケットの裾を掴み、呼ばれた方へ引っぱって行く。 そこには年配の男性と、中年男性、若者が何人か固まっている。 「こちら、中国棋院の李老師と、楊海(ヤンハイ)さん、王星(ワンシン)さんです。 若いのが、陸力(ルーリィ)、趙石(チャオシー)、楽平(レェピン)」 「はじめまして。一応台湾棋院に所属している龍崎です。 こっちの眼鏡が」 北京語で言うと、隣で夜神が目を丸くしていた。 得意でないとは言ったが、込み入った話が出来ないだけでネイティブを疑われない程度には話せる。 「僕は、通訳の楊ですが必要ないですね」 「あ、同じ楊さんだ」 楽平と呼ばれた青年が、屈託なく笑って楊海と呼ばれた人物を夜神を両方指差した。 「はい、ややこしければ私は楊月と」 「うん、普段から楊海さんは楊海さんって呼んでるし。 楊月さんは韓国育ち?」 「……何故ですか?」 「ちょっと発音が」 思わず笑いそうになる。 夜神は冷や汗を掻いているだろうな。 「こういう仕事をしていると、母国語も拙くなります。 英語や日本語の通詞もしているので」 「そうなんだ!オレ、日本語喋れるようになりたい!教えてよ」 「こら!楽平。相手の仕事の邪魔をするんじゃない!」 軽く頭をはたいたのは、楊海だった。 どうやら、李がお偉いさん、楊海が若手の引率、という立場なのか。 楊海は細身で頭の後ろを刈り上げた、いかにも一昔前の中国人、といった男だが。 長身でどこか国際的な雰囲気を持っている。 「中国人を演じている中国系アメリカ人」と言われればしっくり来るような。 いたずらっ子の楽平と、同じく若く優等生然としているが、どこか曲者のような趙石。 彼等を統べるには、それなりの器が必要そうだ。 “中国棋院の人達は今回の件には関係ないだろうな” 事前に夜神はそんな事を言っていたが。 「急にお邪魔してすみません。 以前お声掛けいただいた時は、スケジュールの調整がつくものが居なかったんです。 今回、龍崎が復帰する事になり、胸をお借りする事になりました」 ニコニコと愛想良く会話している。 「そうですか。 台湾棋院さんはアジアの囲碁交流に興味がないのかと思っていました」 陸力が、ぎこちない笑顔を浮かべながら皮肉を吐いた。 「こら、陸力」 「いえいえ。そう思われても仕方ありません」 「そもそも台湾棋院は中国棋院の、」 「陸力!今回は交流が目的なんだぞ」 楊海が陸力を叱った後、こちらに向かって何かを言いかけたが、遮る。 「ご存じの通り、台湾棋院が発足してから十年と少ししか経っていません。 まだ棋士処遇もごたごたしているし、そちらの乙級リーグにも全落ちです。 国同士の事はさておき、中国棋院は台湾棋院を弟分と思って暖かく見守って頂けませんか」 「国同士って」 陸力が尚も何かを言いかけたが、楊海は手で押さえて鷹揚に頷いた。 「勿論!我々は元よりそのつもりです。 台湾棋院からも、早く九段が出れば良いと願っています。 頑張って下さい、龍崎さん」 なるほど……さすが囲碁先進国。 ナチュラルに上からだな。 だが、今世界ランキングでは韓国も同等の筈。 今回のイベントは交流戦と言いながら、互いのプライドを賭けた引けない戦い。 一歩も二歩も遅れを取っている日本も台湾も眼中にはない、という事か。 ……とすると、人気でも実力でも目立っている高永夏は、目障りかも知れない。 可能性の一つに過ぎないが。
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