Interview with East Asia 1
Interview with East Asia 1








一週間後、私達は仁川(インチョン)国際空港に降り立っていた。
成田で夜神の知人に会わないか少し気がかりだったが。
黒髪で伸びてもいるし伊達眼鏡も掛けているので、言われなければ分からない程度だろう。

夜神はニアも連れて来ようとしていたが、ニアに断固として断られてロジャーを呼んでいた。


『また良いように使われては堪りません』


女の子の振りをさせられたり何かとダシに使われたのをまだ怒っているらしい。


「しかし仁川は近代的だな」

「成田と比べるとそうですね。
 どちらかと言うと関西国際空港に印象は近いです。規模は大きいですよ」

「関西国際空港使った事あるんだ?」

「秘密です」


車を呼ばせようと思ったが、到着ゲートの外側には既に「歡迎台湾棋院」と書かれたプラカードを持った中年の男が立っている。
タイに到着した時の諍いを再現する事を怖れて夜神が手配したのか。


「いいか。僕達は、一般的な収入を持つ、一般人だ。
 一般的じゃない、目立つような事は、一切するんじゃないぞ」

「韓国語で言うと?」

「좋은가. 저희는,……」

「もう良いです」


どうやら、本当に一週間で通訳程度の韓国語を身に付けたらしい。
北京語は、塔矢アキラと北京語で会話をするという危ない橋を渡った直後猛勉強したそうだ。


「どうやら僕は語学も得意分野らしい」

「そうですか。Lの“部下”としては、望ましいスキルですね」

「龍崎は、韓国読みなら“ヨンキ”だけど、台湾人なんだから普通に“ロンチー”で良いと思う」

「楊月亮は?韓国読みだと?」

「ヤン……」

「ヤン?」

「タルリョ……」

「たるりょ?可愛いですね」

「いや、普通にヤンユエでいいから」


そんな事を話しながら、ゲートを抜ける。


「あ、私韓国語も北京語も得意じゃありませんから、基本的に喋りません。
 適当によろしくお願いしますね」

「え……」


プラカードの男に近付き、手を挙げると男は上品な笑みで我々に握手を求めた。
物腰の柔らかい男だ。


「ようこそ韓国へ!台湾棋院の龍崎老師と通詞の楊さんですね?」


普通に流暢な英語で話す。
頭の中で韓国語の挨拶を繰り出す準備をしていたであろう夜神は、笑顔のまま一瞬止まったが、すぐに英語で答えた。


「お出迎えありがとうございます。
 こちらが龍崎老師、お伝えしてある通り、プロ棋士になった後五年ほど病気療養していました。
 今回は軽く復帰戦という事になります。ご無理を申し上げました」

「はい、実力は折り紙付きと聞いています」

「そして私は楊、龍崎はほぼ北京語しか話せませんので、彼の通訳をします。
 あ、英語も少し話せるんでしたか?」

「ノー。アイ キャンノット スピーク イングリッシュ ウェル」

「大丈夫ですよ龍崎老師。中国棋院の方々もいますから、退屈はしないでしょう」

「あの」


男は「あ」の形に口を開いて、自分の額に手を当てる。


「これは申し遅れました、私は韓国棋院の安(アン)と申します。
 で、こちらが」


ずっと近くで向こうを向いていた、関係者なのかどうなのかと思っていた若者が、初めてこちらをまともに見て無表情のまま軽く頭を下げた。
この顔は。


「洪秀英七段。若く見えますが23歳なんですよ。
 何故か着いて来るとうるさかったんですけどね、無愛想ですみません」


やや吊り上がった大きな目に鋭い目つき。
ほっそりと手足が長く、何となくシャム猫に似ている。
洪秀英と言えば、進藤が紹介してくれた韓国人棋士で、要領よく詳しく事件の資料を寄越してくれた人物だ。

進藤にも我々がどうやって高永夏にアプローチするかは伝えていない。
しかし彼なら、状況からして突然イベントに割り込んできた見知らぬ外国人棋士に目星をつけても不思議はないだろう。
という事は、我々をフォローする為に来てくれたのか……?


「秀英は英語も分かります。が、得意なのは日本語の方だったか?」

「ええ、まあ」

「日本に短期留学していた事もあって。日本の棋士と仲が良いんですよ。
 日本の若手の進藤本因坊、ご存じですか?」

「はい、勿論。ご活躍ですから。
 進藤本因坊とお友だちなんですか?凄いですね」


夜神が白々しく言うのを、秀英は疑わしそうな顔でじっと見ていた。






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