Second contact 3
Second contact 3









「おまえは相手に合わせて金額が変わるからな……。
 進藤プロなら、五百万円くらいか」

「五万ドル」


今まで、依頼者との事務的なやりとりはロジャーと夜神で手分けしていたが……。
初めて自分の値段を知り、そんな物なのかと少し驚く。


「大きな依頼なら五百万ドル以上貰うし、ほら、いつかの“幻の蝶”事件はほぼボランティアだったじゃないか」

「まあ……そうですね」


私はキーボードに戻り、『五百万円』と打ち込んだ。


『ごひゃくまん!さすが、世界一の探偵だな。
 経費は?』


首を捻って夜神に顔を向ける。


「経費ってなんですか?」

「普通にその事件を解決する為に使うお金だろう。情報料とか旅費とか」

「そういう物を貰った事はないと思います。
 大概PCで事足りますし」


言いながら


『無用です。全て込みです』


と打ち込むと、進藤ヒカルからは少し驚いたようなレスポンスがあった。


『マジで?高いと思ったけど意外と滅茶苦茶気前いいんだな。
 分かった、高永夏に払わせる』

『あなたではなく?』

『何でオレが?』

『あなたが依頼者だと思っていたので。
 高永夏が依頼者なら、彼から直接依頼するように言って下さい。
 今回の件の間、このアドレスを使って貰って構いません』

『アイツはどうかな。守って貰うとか、そうゆうの好きじゃないかも』


私は苛々して傍にあったポッキーを鷲掴みにした。


『では、あなたも私も余計な世話は焼かない方が良いでしょう』

『でもアイツは、むかつくやつだけど、碁の腕は凄いんだ。
 オレも認めるしかない、天才的な素質を持ったやつだ。
 あいつがもしいなくなったら、それこそ囲碁界の損失になる』


私が呆れてそっぽを向くと、夜神が横から腕を伸ばしてきてキーボードを叩く。


『では、高永夏が支払わない場合はあなたが保証してくれますか?
 それでしたら引き受けます』

「月くん!私何も言ってませんけど」

「こうでも言わないと話が終わらないだろ?」


少し経った後、進藤から返信があった。


『分かった。五百万オレが振り込む。
 で、高永夏に払って貰えなかったら、オレがかぶる』


さんざん貶してしまったが、そこまでバカでもないようだ。
一番私に手間を掛けさせない方法をすぐに提案してきた。

夜神が日本国内の口座番号を伝えると、すぐに幾つかの口座から電子送金がある。


「なんだか、中高生を相手にしているような気がして来てたけれど、こんな所はさすがタイトルホルダーだな」

「まあ、成人していると見なしていいでしょう」


夜神は微笑んで、キーボードに向かった。


『確認出来ました。ありがとうございます。
 いつから掛かりますか?』

『出来るだけ早く。
 本人もう襲われてるんだから、時間がないかも知れない』

『にしては情報量が少ないですね。
 あなたが知る限りの関係者の電話番号とアドレスを教えて下さい』

『っつっても、国際棋戦で会ったことある人しか知らないけど……』


進藤は韓国のプロ棋士、

洪秀英(ホン・スヨン)
安太善(アン・テソン)
林日煥(イム・イルファン)

そして高永夏の連絡先を寄越した。


「では、取り敢えず進藤の情報源である洪秀英に詳しく聞いて下さい、ワタリ」


夜神には雑務を任せているので、偶にこう呼んで揶揄ってしまう。
依頼者との間で下手な小細工をされては仕事をしにくいので最初は監視しながらだったが、今やワイミーもかくやと言う程そつなくこなしてくれていた。


「まず高永夏じゃないのか?」

「プライドが高そうな人物なので外周から行きましょう。
 先に報酬を貰ってしまった以上、本人に万が一断られると不味い」

「解った」


夜神は韓国語の翻訳サイトをいくつか駆使しながら、メールを作っていた。
進藤から依頼された事、高永夏の身辺を守り、犯人を捜す事を伝える。
高永夏本人にその事を伝えるかどうかは未定である事も忘れずに付け加えた。

暫くして、返信が来たのは進藤の方だった。


『仕事が早いな。
 秀英にあんたたちに協力してくれるようメール作ってたら、先に秀英から確認メールが来た』

『はい。包み隠さず出来るだけ詳しく教えてくれるようお願いして下さい』


進藤からOKのメールが来てから僅か三十分程で、洪秀英から返信がある。


『韓国語でもいいが、英語も大丈夫だ。言語を指定して下さい。
 Lが、本物の探偵Lならこんなに光栄な事はない』


そんな文章で始まったメールに書かれていたのは、高永夏の人となり、被害者達の関係、高を巡る人間関係を要領よく纏めた物だ。
どうやら進藤よりも相当知能指数が高いらしい。

まず、高永夏は。
進藤のメールにも書いてあったが、性格的には相当アクの強い人物のようだ。
しかしとにかく碁は強い、そして棋風が強引で面白い。
また見た目も良い事から、若年層や女性を中心に絶大な人気があるらしい。


「どこかで聞いた名だと思えば、碁界連続死事件の時にあなたが間違われた人ですね」

「そんな事あったっけ?」

「塔矢アキラと最初に対局した時、観衆の中にそう噂している人がいました」


プロフィールに依れば身長は夜神より二pほど高い。
が、地毛の色と言い、顔立ちの雰囲気と言い、確かによく似ている。
客が夜神が高永夏ではないと簡単に判断したのは、黒く染めていた髪色と眼鏡からだろう。


「月くん、韓国語は?」

「広東語と北京語とスペイン語が先っておまえが言ったんだろ。
 ハングルはその気になればすぐ覚えられるだろうけど、会話は聞き取りが日常会話程度だ」

「ちょっと、韓国ドラマを一本ダウンロードするので同時通訳して下さい」

「は?」


当たり障りの無いホームドラマを見せると、戸惑いながらも何とか台詞を日本語訳していく。
どうやら本当にほとんど解っているようだ。


「さすがですね。参考になりました」

「逆は無理だぞ」

「まあ、その程度で良いです。今は」


夜神は軽く私を睨み付けたが、すぐに仕事に戻った。


「碁界と関係無いのは、永夏のお姉さんだけだな。
 これは偶然かも知れない」

「そうでしょうか?
 彼女の事件があったので、中心は高永夏だとはっきりしたのでは?」

「逆だよ。この、死んだ友人は高永夏の兄弟子だ。
 つまり、中心はやはり死んだ師弟じゃないか?」


夜神と私はまっすぐに目を見合わせる。
やはり、考える事は同じか……。


「はっきり言って下さい」

「おまえだって解ってるんだろ」


まず、姉が偶然ひき逃げ未遂に遭う。
その時、思いついたのだ、この偶然を利用する事を。

高永夏は。

本来のターゲットである師匠か兄弟子を殺し、ついでに(あるいは双方ターゲットだったのかも知れないが)もう一人殺す。
そして自分も襲われた振りをすれば……。

高永夏とその周辺を狙った、第三者の犯行のように見える。


「……可能性の一つに過ぎない」

「でも一応進藤に確認しておいて下さい。
 依頼の最重要事項は、高永夏を守る事なのか、それとも事件を解決する事なのか。
 場合によっては正反対の動きになる可能性もありますから」


夜神は無表情のまま進藤にメールした。
進藤からは


『もちろん最重要は事件解決。
 今高永夏を守っても、事件が解決しなきゃ将来再発するかもしんないし』


何の疑いもなくばっさりと斬るような返事が返ってきた。










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