乾坤一擲 3
乾坤一擲 3








「僕は、死刑になるのかな」

「まあ、出る所に出ればなるでしょうね」

「そうか……死刑になるのが恐ろしかったが、」


その時、嘗てない程鋭い竜崎の視線に射竦められて思わず言葉が途切れる。
僕ともあろう者が。


「……人の命を、犯罪者だけではない人々の命を奪った事は
 恐ろしくはなかったのですか?」

「!」


竜崎、本気か?
お前はそれが、恐ろしく、間違ったことだと言うのか。

……僕だってそれは、何度も考えた。
本当に、それで良いのかと何度も何度も。

そして、答えは「是」だった。

善人だけの住む美しい新世界、それを作る為には、多少の犠牲は止むを得ない。
革命の度に多くの無辜の命が失われているのは、歴史が示す通りだ。

それに、既に今の世でも、戦争が起こったり、ヒトラーのような独裁者が
現れる事もあり得ない。

そんな事をすれば、必ずキラに殺されるから。

これは、人類史上初の快挙ではないのか?


「……恐かったよ」

「ならば何故、」

「恐い事、嫌な事、それでも必要な事って沢山あるだろう?」

「……」

「最大多数の、最大幸福の為だ。
 何人かの犠牲は止むを得ない」

「……あなたは、やはり間違っている」


竜崎が大きく一歩、前に出る。
それだけの事で妙に大きく見えた。


「思い上がった、どうしようもないガキです。あなたは」

「な、」

「何の為に、歴史を学んだのですか。
 何故歴史と同じ過ちを繰り返すのですか」

「……」


コイツとは絶対に、分かり合えない。

その時僕は悟った。

謎を解くのが楽しい、人を裁くのは私の仕事ではない、
そう言いながら、結局コイツも安っぽい「正義」を振りかざすのだ。

万人の為に一人が犠牲にされる、そんな事は許されない。
人命は地球より重い。

そんな御託は聞きたくない。

ならば、一万と一人で死ねばいい!
一人の命が地球より重いのなら、地球ごと滅びればいいだろう!


そう言う代わりに、レムを呼ぼうとしたその瞬間、
竜崎がやや声を低くして呟いた。


「……それでも、そのどうしようもないガキに惹かれてしまうのですから、
 私もどうしようもなく大人げないです」


とても悔しそうな顔をしている。
と見えたが、それは先入観だったようで、よくよく見ればやはり鉄面皮の無表情だった。


「あなたの顔色を見ると勘違いしているようですが、
 手紙は捜査本部にまだ渡っていません」


……え?


「今もウエディが持っている筈です。
 そして彼女は日本語を解しませんし、無理に読む程愚かでもない」

「……」


本当か?
いや、竜崎は今自分の命が危ない事に気づいていないのだから
嘘を吐く意味がない。

現時点ではまだ、父は見ていない……。
僕はまだ、キラと認識されてはいない。

光が、さっと差し込んだようだった。
震えていた膝から、今度こそ力が抜けて僕はがっくりと跪いてしまう。


「それでも私が死ねばすぐにワタリに、ワタリから捜査本部に回される筈ですから
 ここで私を殺すのは自殺行為ですよ?」


……危なかった……。
レムが近くに居る事には気づかれていないようだが、最悪
僕が素手で竜崎を殺そうとしていると思われたのだろう。

殺さなくて、良かった。

全然状況は良くなってはいないが、取り敢えず首の皮一枚で繋がった。

だが、竜崎は一体何故。
ずっと追ってきたキラに、止めを刺さない?
決定的な証拠を、公表しない?


「ラストチャンスです、夜神くん」


目の前に立ち塞がる猫背の男が、更に大きく見えた。

そうか……僕たちは、お互いに対する感情さえ似ているのか。


「私に、服従すると言って下さい」

「……」

「分かったと、一言言ってくれれば、私はあの手紙を握りつぶします」


そんな事……。
言えば一体何をされるか分からない。
両手を切られ、二度とデスノートを使えないようにされて、
竜崎の性奴隷として生かされるかも知れない。

あるいは、もっと酷い事も。


でも、ここで不承知と言えば僕の未来はない。

竜崎は残念そうに、それでも粛々と僕を司法に引き渡し、
僕が処刑される瞬間までをあの洞の様な目で観察するだろう。


さっきまで、完全に僕の方が優位だと思っていたのに……
竜崎の、命を握っているのは僕だと思っていたのに。

追い詰めているつもりが、追い詰められていたとは。



僕が、頷くしかない事を悟ったのが分かったのだろう、
竜崎が、心持ち首を傾げて口の端を上げ、おどけた表情を作って見せた。


「『服従する』が無理なら、『愛している』でもいいですよ?」


……っ誰が!
ご免だ!


僕は、目の前に垂れていた竜崎の手を取った。

数秒躊躇ったあと俯き、その手の甲に自分の額を押し当てた。





--了--





※どこまで行ってもタッチの差でLがうわ手。
 というか月が抜けてるんですね。
 こんなにお互いに対して甘いLと月は、Lと月じゃないと自分でも思います。





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