The keyhole 5 後ろに膝立ちになって足を開かせ、腰骨を抱える。 そこに突き入れると夜神は背をしならせたが、今度は逃げなかった。 「うぅ、……」 「月くん。……演技、して下さいね?」 そのように言えば、夜神は感じている振りをしてくれる筈だ。 正確に言えば、感じている振りを、している振りだが。 「では……Action!」 手を前に回してただ触れながら腰を動かすと、萎えかけていた物が 張りを取り戻すのがありありと分かった。 先が潤んで来て、少し手を動かせば達してしまいそうだ。 後ろから入れるのは初めてなのに、飲み込みが良い事だ。 「……りゅう、ざき……僕の、中に、出して……」 「あなたもいきたいですか?」 「……い、やだ」 「無理しなくていいんですよ?」 ゴリッと音がしそうな程、前立腺に突き立ててやると 「うぁっ」と情けない声を出して、手足を痙攣させる。 「竜崎!頼む!やめ、」 「心配しなくても、私も、もう、出そうです」 「違う、……怖いんだ!」 「怖い?」 思わず動きを止めると、夜神は心底ホッとしたように 息を吐いた。 その呼吸が、小さく震えている。 「ああ、怖い、」 尻を高く上げたまま、枕に突っ伏した夜神の横顔の表情は 演技には見えない。 何が……怖いのだろう。 男にイかされる事が?尻で感じる事が? だがどちらも今更だ。 「説明が不十分ですね」 我ながら冷たく響く声で言い、小刻みな動きを再開しながら 目の前の肩胛骨の傷に舌を這わせると、夜神はまた暴れた。 「いやだ!竜崎、助けて、」 「演技を」 「竜崎……!早く、おまえを、くれ!奥に、たくさん、注ぎ込んで、」 「とても卑猥で、素敵ですよ、月くん」 セックスの時だけ私を「竜崎」と呼ぶのは面白い心理だ。 単純に昼間接している「L」と分けて考えたいのか。 それとも、「竜崎」と呼んでいた頃の私に、何か思うところがあるのか。 「月くんも、出していいですよ」 頭の中に、じわじわと熱が広がっていく。 来るべき解放に向かって、ぞくぞくとした気配が、脊髄を駆け上り、 駆け下りる。 「や、いや……だ!いやだ、いきたくない……!」 「月、くん?」 ……ああ。なるほど。 私に早く注ぎ込んで欲しいというのは、あながち演技ではなかったわけか。 何気なく言った、「私より先にいくのが怖い」というセリフ。 思ったよりも本気で、私より先にいく事を恐れているようだ。 負けず嫌いだから。 こんな些細な事でも、相手に引けを取るのが我慢ならない。 「いきたく、ない!」 だがそれが分かったからと言って、絶対に先に達ってなんかやらないが。 夜神の顔は見えないが、恐らく私の方が優位だ。 これ以上ない程乱れているのは間違いない。 汗で光る背中は上気し、治ったばかりの傷口が鮮紅色を呈している。 「そう言わず、一緒に、」 だから容赦なく突き上げ、前も人差し指の腹でくじくと、 突然背筋を反らして手を枕に突っぱり、がくがくと震えて崩れ落ちた。 「……っ!」 不随意に、搾り取ろうとするかのような締め付けに、 私ももう耐えられない。 紙一重でゲームを支配出来た事に満足して、 言われたとおり奥にたっぷりと注ぎ込むと、 意識を失いたくなる程の恍惚に飲み込まれて…… 「L」ともあろう者が、一瞬思考を停止した。 ……だから私は、夜神とのファックが、あまり好きではないのだ。 「……重い」 入れたまま夜神の上に重なっていると、ぼそっと呟かれた。 その内言われるだろうと思っていたが、予想より耐えたな。 「すみません」 抜くと、夜神はべっとりとシーツについた精液を見て顔を顰め、 舌打ちをして自分の物もシーツで拭った。 「嫌がられてしまいました」 「え……いや、おまえが嫌なんじゃない」 「いくのが嫌だと言っていましたね?何故ですか?」 「……別に。演技だ。 おまえはサディストっぽいからその方が興奮するかと思って」 言うに事欠いて。 本当にそうならば「いくのが嫌だ」、ではなく「されるのが嫌だ」、だろう。 「では、しきりに怖がっていたのは、一体何が怖かったのですか?」 「おまえに溺れるのが」 真っ直ぐこちらを見て、淀みなく即答する。 「そういう……全く淀みなく話す時は嘘を吐いている時だと、 以前私が指摘しましたよね」 「……」 「それを敢えてすると言う事はつまり、嘘だと思って欲しいんですよね? という事は実は本音という可能性の方が高い……?」 「おまえ!ほんっとに少し黙れよ!」 演技ではない本気の苛立ちに。 夜神もその瞬間に意識を手放しているのかも知れないと思い至った。 その空白を、恐れているのではないかと。 夜神は、やがて私に溺れる。 そんな予感めいた物に、思わず笑いを堪える。 そうなれば良いと思う。 男と肉体関係を持った甲斐があるというものだ。 「L……、爪が伸びて来たな」 「そうですか?」 どこか引っ掻いてしまったのかと思い、焦ったが 夜神のニヤニヤ笑いを見て何か逆襲されているのだと思い至る。 「僕がいない間は随分爪が減ったようだけど、 帰ってきてからは指をくわえる回数が減った」 「……」 指をくわえる癖を、悪癖だと思ったことはないし今も続けているが確かに、 夜神が監禁されていた間はよく爪を噛んでしまっていたかも知れない。 だがそれは心配だったからではなく見通しが立たない苛立ちからだし 夜神に出会う前だって事件が解決した後は頻度が下がった。 何よりそれが精神が安定している証拠だなどと型に填めて欲しくないし 夜神の肌の効用だなんて思われても困る。 ……などと言っても、今は言い訳と取られるな。 空気を変える為に、不意打ちで夜神の頬に口を寄せた。 キスでもしてやろうと思ったのだが、私の首から下がった鍵が 夜神の首の手錠に当たって、チ、と小さな金属音を立てる。 そのかそけき音に、思わず動きを止めてしまった。 ……この鍵をその鍵穴に挿して捻れば、 カチッと音がして手錠が開くのだ……。 「何、笑ってんだよ」 「いえ?笑ってませんよ?」 「嘘吐け。何かイヤらしい事考えてたんだろ」 「という事は月くんも同じ事を考えたんじゃないですか」 思考回路が似ているのは仕事の上では便利だが、 こんな所まで似ているのは、嫌なものだ。 ……夜神の体に、私という鍵を挿して。 一体何が開いたのだろう。 夜神の心? それとも、パンドラの箱? 「……合ってない鍵を鍵穴に挿しても、虚しいだけだ」 「最中のあなたがもう少しクールだったら、説得力ありますけどね」 「……」 夜神はこちらを見ずに歯を食いしばって、枕に渾身のパンチをくれた。 「演技」では通らない程乱れている自覚はあるわけか。 ……鍵を捻れば、カチリと気持ちよい音がする。 私は最中に意識が飛んだ事など初めてだし、夜神にしても 男にほとんど初めて抱かれていきなり達するなんて、尋常ではないだろう。 事前には吐くほど嫌悪感を抱いていたにも関わらず、だ。 認めたくはないが、どうも私たちは体の相性が良いらしい。 「月くん、以前私の事を好きだと言っていましたね?」 「嘘だけどね」 「おや、私を支配するのは諦めたんですか?」 「……諦めてなかったら、吐かないよ」 「と言いつつ本当はまだ狙ってるとか?」 「かもね」 「楽しみですよ。今まで誰かの下に立った経験がないので」 「本っ当に嫌な奴」 夜神がワイミーを越えることは絶対に有り得ないが。 別の意味で私に影響を与え、脅かす存在にはなり得るかもしれない。 未知の脅威に、何故か高揚している自分に、生まれて初めて危うさを 覚えた。 --了-- ※本編最後の「いやだ 逝きたくない」という深刻なセリフを見た時、 ついニヤッとしてしまった人も少なくない筈。と信じたい。 ※「おまえは私より下だ」も遊びました。
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