The keyhole 2 教授を訪れた日、夜神は奥のリビングに通されて少し雑談をした後 単刀直入に「L」かと聞かれたらしい。 否定したら、あの監禁されていた部屋に入るように指示されて 一歩入った途端にクロロフォルムを嗅がされて気を失った。 つまり教授は……いやあの金髪は、夜神がアーロンであるかどうかを 確かめる手間すら掛けずに「L」、あるいは「L」に繋がる人間として捕獲したのだ。 そこには、空振りだったら処分すれば良いという、 シンプルで非人間的な考えが見て取れる。 私の誤算だ。 その後、夜神が気が付いた時には既に縛りつけられていて、 以降あの金髪に“キラの居所は”“Lはどこだ”という文字を、 交互に突きつけられ続けたらしい。 教授は監禁されていた五日間で二度だけ顔を見せたそうだ。 一度目、夜神がアーロンであるかどうか確かめる為にいくつも質問をして 八割方アーロンのようだが、どうも雰囲気が違うと言ったらしい。 首の鎖の事もあってどうしても別人に思えると。 ……そう言う、「雰囲気」だの「感じ」だの、数値化も明文化も出来ない事柄は 私の苦手とする分野だ。 私自身の「感じ方」や「感じた雰囲気」はそれなりに重視するが その見解をニア以外の人間と共有出来た試しがない。 他人の「勘」を計算に入れるのは難しい。 二度目に教授が来たのは、突入の前日。 横たわった夜神を、無言でただじっと見つめていたという。 情報不足と皮膚潰瘍、死ぬまで解放されないだろうという絶望的な予測から、 気が狂いそうになっていた夜神にとっては厳しい時間だったようだ。 「あの視線は、キツかったな。絶対にもう殺されると思った」 「それでも、吐きませんでしたか?」 「何度も聞かないでくれよ。何も言っていない。 最初の方はおまえが吐きそうな出鱈目を言っていたけれど だんだん朦朧として来て何も」 「どんな出鱈目ですか?」 「Lはネロ・ウルフだとか。あながち違ってないのに その時だけ金髪に顔をひっぱたかれたな」 「……他に何か、無意識で言っていませんか? ずっとビデオカメラで撮られていたんでしょう?」 「言ってないけど……やっぱり不味いよな」 あの金髪は、普通のスピードで話せば読唇術が出来た。 夜神が早口で何かを言ったり寝言を言っても後で解読できるように 録画して置いたのだろう。 寝言は、数十日隣で寝た私が聞いた事がないのだから 言わないと思って良い。万が一言ったとしても日本語だ。 しかし……その内容よりも、録画され、そのデータがあのフラットに 残されていなかったという事実が非常に、 「不味いですね」 「分かってたけど、嫌がれば余計に何かあると思われるだろ」 「そうなんですけど」 夜神の動画の存在は、夜神にとっても私にとっても命取りになる可能性がある。 つまり、もし何かの拍子に流出してしまったら…… そしてそれを、日本の夜神を知っている人間が見てしまったら。 夜神は戸籍上死んだ事になっている。 日本で葬式もした筈だ。 その夜神の、有り得ない姿の動画。 同級生程度の知り合い、いや、通学路やテニスの試合で一方的に 見知っている者が発見したとしても、いつか母親や妹に伝わるだろう。 そうすれば必ず、夜神月がキラだったと知る者にも伝わってしまう。 写真なら他人のそら似や加工で誤魔化せるだろうが、動画となれば そうも行かない。 更にネットなどに上げられてしまったらお手上げだ。 裸で拘束されている絵など猟奇的で好奇心をそそるだろうし 夜神はまた保存したくなるような風貌をしている。 いかなLとは言え、もう回収不能だ。 「生前の物という事で誤魔化せないか?」 「無理でしょうね。死ぬ前にあれほどやつれた事ありました?」 「おまえに監禁された時だけだな。じゃあ、他人のそら似という事で」 「最悪それで通すしかないでしょうが、まあ、難しいでしょうね」 とにかく。 あの金髪からコンタクトがなくても、こちらから探さなくてはならなくなった訳だ。 夜神の動画の意味に気付かれずに、何としても回収せねば。 「……ともあれ、例のシンジケートとはまだ繋がっているでしょうから その線から手繰るしかないですね」 「すまない」 「いいですよ。お願いしたのは私です。それにあなたを生かしておいたと バレて困るのも私……というかニアですし」 教授と金髪の行方は、杳として知れない。 念のために大学に問い合わせてみたが、サイトの情報の方が古くて 教授は前期で既に退職していた。 大方マフィアに匿われているのだろう。 絶対に見つけだして見せる。 「ところでそれ、本当に取らなくていいんですか?」 「ああ」 救出した直後、夜神の発信器を外そうとしたら拒否された。 もう電池もないから発信器として意味がないのに。 「どうしてですか。鬱陶しいでしょう?」 「……おまえが僕を、信用して使ってくれた、証のような気がして」 「意外とセンチメンタルなんですね。 信用している人間に発信器なんかつけませんよ」 「発信器をつけて仕事させてくれる程度には、信用したって事だろう?」 それはそうなのだが。 夜神が外してくれないと、私も自分の首にぶら下がった鍵を外せない。 意味はないから律儀に守る必要もないのだが……自分に課した義務だ。 しかしこれではまるで私まで手錠で繋がれているようだ。 キラ事件で夜神を24時間監視していた時のことを思い出す。 「あなたの事は昔から、ある意味信用していましたよ」 「まさか」 「本当です。あなたはデスノートの使い方も、フェアな人でした」 「どうしたんだ?デスノートを使っておいてフェアも何もない、だろ?」 「確かにそうなんですが」 夜神がもっと愚かでアンフェアな人間だったなら。 私も、夜神がキラだと確信した時点で学校帰りにでも拉致して抹殺した。 そうしておけば、私は死なずに済んだし その後の数多の犠牲者を出すこともなかっただろう。 しかし夜神は実際、人道的にはともかくゲームプレイヤーとしてはフェアな人間で、 私はそんな彼を不法に処分する事が出来なかった……。 反則の勝利に、忸怩たる思いを抱かねばならないのが嫌だったから。 大いなる反省点だ。 「僕は自分の思いを実現する為なら、手段を選ばない人間だよ」 「ならばどうして私の名前を、知りたがったんですか?」 「そんなの決まっ……」 「どうして松田あたりを、『本人がLと認識している人間の側で自爆死』 させなかったんですか?」 「……それは、思いつかなかった」 「嘘です」 「……」 「あなたは身の回りの、善なる人々を殺すことが、出来なかった」 「……」 「それがあなたの一番の敗因だったのではないかと、思うようになったんです」 勿論どう理屈をこねくり回しても、夜神の罪を正当化する事は出来ない。 しかし。 ……以前雑談で、キラ事件の本当の動機を尋ねた時、 夜神は素直に『退屈しのぎ』と答えた。 だがその手段に、「善良な人々が安心して暮らせる新世界」を目指した所を見ると 夜神は基本的には多くの人間を幸せにしたいと願っていたのだろう。 罪もない人を、そしてキラの身を危うくしない人間を、殺すことが出来なかった。 消えゆく彼の頭脳を惜しく思った時、その部分があったからこそ 私は夜神を助ける決断をした。 しかし、そもそも彼の破滅もその甘さに起因すると思えば、 彼にとってそれはプラスの要素ではない。 ……自分の甘さから、無様に殺された私が言える事ではないが。 「僕は……」 「何です?」 「……何も、言うべき事はない。今更そんな事、どうでもいいだろう?」 「そうですね。どうでもいいです」 言いながらベッドに腰を下ろし、夜神の膝の参考書を畳むと、 彼は警戒の表情を浮かべた。
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