The keyhole 1
The keyhole 1








教授のフラットから夜神を救出してから数週間。
その間ロンドンのホテルに身を潜め、夜神の回復を待ちつつ
USBメモリの解析を進めた。

メモリはフェイクではなく、本当に犯罪記録が入っていた。

フランスのルルタビーユ事件と、イタリアのロレンツァ殺害事件、
それにもう二件の事件の計画書と記録。
あと先日の麻薬武器取引の明細。


報道からは到底得られない細かな情報が入っている事から、
妄想やニュースを元にした創作ではないと断定できる。
全てが偏執的な程、細かく迂遠な……用心深い計画だった。

興味深いのは、事件は、まず加害者がいて被害者が出た物ではなく
その逆だという事だ。

計画はあの金髪が、被害者をピックアップする所から始まっている。
不可能犯罪を成立させる条件を備え、かつ「L」にコネクションを持つ可能性が高い
……つまり地位か力のある人間。

その後に具体的な手順を考え、それを実行するに最も相応しい
加害者を選んでいるのだ。

私をおびき出す為だけに。

つまり彼らは本来、加害者にも被害者にもなる筈のない人間だった。

金髪は現地にも渡り(一応当たってみたが偽造旅券だった)加害者に、
時には被害者にも巧みに近づき、事件を起こす「偶然」を配置している。

教授もそれらを全て知った上で常に彼を助け、アドバイスをしていたようだ。
メモリの内容だけではどちらが発案者で主犯なのかは分からないがとにかく、
完全に、共犯なのは間違いない。



……それぞれの事件で実際に手を下したのは、無論加害者だが。

加害者も被害者も、間違いなくあの金髪と教授の、被害者だ。
特に加害者は自覚もなく、操られ利用されていた。


殺意の目覚める瞬間など、誰にも予測できない。
その小さなきっかけが人為的なものでないと、誰が言えよう。

気付けば整っていた、自分だけが完全犯罪を行える(可能性がある)環境と条件。
それが誰かに用意された物でないと、何故言える?

その事に運命を感じてしまい、吸い寄せられるように罪を犯した人間が、
愚かなのだと、断じて終わらせるのは簡単だが。

やはり、被害者だけでなく加害者の運命まで狂わせた者を、放置出来ない。


無神論者で、かつ実際に本物の死神を見た私が、敢えて言おう。

彼らのような者こそ、

「死神」

の名に相応しいと。





「全く、犯罪を楽しんでいるようにしか思えません」

「キラが知ったら、真っ先に裁きの対象になっていた人物だな」

「そうですね。実際物的証拠は何もありませんし。
 このUSBメモリを寄越したという事は、私に追って来て欲しいのでしょうね」

「物好きな」

「まだキラを諦めていないのでしょう。
 そして教授はともかく、あの金髪は絶対に名前を知られない自信があるようです」

「『死神の目』の存在は、今も一般には知られていないのか?」

「はい。使い方次第でデスノートより厄介ですからね」

「はははっ。僕は死神の目を持っていなくてよかったな。
 持ってたら助けてくれなかっただろ?」

「言うに及ばず。です」


最初の一週間、夜神は俯せに寝たまま鎮痛剤の世話になっていたが
この所はだいぶ回復していて、今もベッドで身を起こしていた。

……主に私が細々と世話を焼いているが、モロッコ以来、
彼の介助ばかりしている気がする。
と文句を言えば、夜神がニヤニヤするので言わないが。

それに私が頼んだことが原因だ。
文句を言えた義理でもなく、最初の数日看護士を雇った以外は
召使いのように動き回っていた。

この私が。世界に冠たる探偵「L」が。


「月くん。私があなたのベッドに食事を運んだり、トイレや移動の杖になったり、
 体を拭いたり、ガーゼを替えたりしていた時間をトータルすると
 何時間くらいになると思いますか?」

「ええ?平均一日一時間半くらいとして……」

「私の財産を、探偵として働いていた時間で割ると……
 つまり私の時給はいくらかご存じですか?」

「分かったから。僕がバカ高い看護を受けたのは分かったから。
 でも別に、人を雇って僕の世話をさせて
 おまえは別の所にいても良かったじゃないか」

「そうなんですけどねー。あなたが教授や金髪とグルになっていないとも
 言い切れませんし、こっそり連絡を取られても」

「本気で言ってるのか?
 僕が、自分をこんな目に合わせた奴と手を組めると思うか?」

「あなたなら出来るでしょうね、先方の提出する条件次第ですが」


とは言え、可能性は限りなくゼロに近い。
金髪の犯罪記録を見た時の反応からしても、性格からしても、
恐らくないだろうとは思う。


金髪と夜神は、同じ犯罪者でも、性質が違う。

夜神はどちらかと言うと思想犯に近く、金髪は愉快犯と言って良いだろう。
彼がその金髪と手を組むという事は、過去の自分を
全否定するという事だ。


私の言を冗談と捉えたのか、夜神は言い返さずに溜息を吐くと、
柔らかいクッションに凭れて手元の参考書に目を戻した。
最近、憑かれたようにスペイン語の勉強をしている。
知識欲が爆発しているようだ。

あの、外界から遮断され、身動き一つできない状態は、
やはり相当に精神にも肉体にもきつかったらしい。

気を紛らわせる対象もなく、血が背中側に溜まって腐っていくのを
感じ続けているのは、確かにかなりの苦痛だろう。
特に、一言「自分がキラだ」と言えば解放されるのに、それを耐えている状態では。


「痛いなんてもんじゃない。何もされなくても頭がおかしくなりそうだったよ」


確かにあの金髪は、献身的な?世話以外何もしなかったと言っていた。
何もされない事が、一番きつい拷問だった訳だ。


「汚い話だけど、便の処理をされるのに足を持ち上げられた時だけ
 生き返るようだった」


健康体でありながら、他人に下の世話をされるという屈辱すら
何とも感じなくなってしまう程に。


「他には、足を持ち上げられなかったんですか?」

「何が?」

「いえ。自覚はないようですが、あなたはなかなか嗜虐心をそそるタイプなので」

「……」

「あの金髪の少年に、性的な嫌がらせを受けたのではないかと思いまして」


夜神は嫌そうな顔をして無言でこちらを睨んだ。
その様子からは、何もされていないのか、されてもとぼけているのか、
読み取る事は出来ない。

しかしとにかく、外傷は自らもがいて付けた、拘束具の痕と褥瘡しかなかった。
だからこそ辛かった長い長い五日間、それでも耐えられたのは、
偏に夜神の精神力と、おかしな言い方だが慣れもあると思う。






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