キッシング・グラミー 2
キッシング・グラミー 2








数日後。
僕が地道に、プリントアウトした犯罪者リストにチェックを入れる作業をしていると
竜崎が隣で椅子に乗ってくるくると回りだした。

危ないがまさかな、と思っていたが、やはりというかあろう事かというか
そのプリントの上に紅茶をこぼす。


「おい!」

「あ、こんな所にいたんですか」

「いたんですかじゃないだろう!」


ただでさえ、鎖の先でぶらぶら仕事もせず、お菓子ばかり食べているのを
見かねていたのに、謝りもしない態度に頭に血が上った。
思わず拳を握り締めた時……。

不意に手を引かれ、竜崎に引き寄せられて。
顔が近づいて来たと思ったらあっさりとパーソナルスペースを越え、
その異常な距離感に戸惑っている内に、唇が柔らかい物で塞がれた。
甘い空気が鼻腔をくすぐる。

というか。
これは……キス、だよな?

何故……え……?


「……」

「りゅ、竜崎?!」

「わー……」

「ちょ、ちょっと、」


皆の声に我に返り、強く肩を押すと案外あっさりと離れる。

だが、みんなが声を掛けてくれたのはたっぷり三秒は経った後で、
それまで全員に無言で注視されていたのだと気づくと
頭の中が真っ白になった。


「な、何、」

「喧嘩を回避しました」

「いやいやいや!おかしいだろう!何かと!
 それに大体おまえが、というか『嶋倉千代子』でいいだろう!」

「私日本人じゃないんで」


少しめまいがして、そのまま椅子に座り込んでしまう。


「さすが外人さん……だけど、日本じゃそうそう人前でキスなんかしないよ……」


さすが松田さん。論点がずれてる。
そもそも僕たちは夫婦じゃないって。


「そうですか?でもこうやって殴られずに済みました」

「そうだけど。してもほっぺじゃない?」

「逆に難しいですよ。ほっぺをこちらに差し出してくれない限り」

「……」


僕はもう、二人に割り込む気力もなく黙々と机を拭いて
リストを再プリントアウトする作業に掛かった。





翌日は当然用心していたが、手錠のせいで一定以上の距離は取れない。
竜崎は相変わらず椅子を転がして遊んでいて、ある時左手が引っ張られた、と
思った瞬間、プリンタが派手な音を立ててデスクから落ちた。


「竜崎!」


手錠の鎖がプリンタを……不可抗力ならまだしも、手錠をする事を決めたのも
竜崎なら、意味もなく椅子で走ってプリンタに引っ掛けたのも竜崎。
これで頭に血を上らせない方が無理だろう。

とは言え、今回は怒鳴ってしまった次の瞬間、まずい、と思い出した。
だから殴りそうなアクションも見せなかったし、距離を取ろうとしたのだが、
手錠の鎖を引かれて結局捕まってしまう。
そして、


「竜、」


殴らない、喧嘩しない、という意思を伝える前に、口を塞がれてしまった。


「〜〜〜〜〜!」

「……仲直りです、月くん」


何だかもう。
今こそ殴りたいが、そんな事をしたらエンドレスな事になりそうで。
父に目をやると、気まずそうな顔をしていて余計に落ち込んだ。


「竜崎……本部で喧嘩をされるのも困るんだが……
 目の前で息子が男と接吻するというのも……」

「気にしないで下さい」

「気になる!」


回りの捜査員も、うんうんと頷いている。
……もっと凄い事をした事があるなんて、知られたら僕は憤死出来るな。


「なら次からは、皆さんの目につかない所でします」

「いやいや……」


そうだな……寝室でされた事がされた事なので大した事ないと思っていたが
考えれば、男同士で人前でキスをするという事自体、
一般的に考えればかなり非常識で異様だ。
今後は絶対に竜崎に怒らないようにしなければ。




それからは、捜査本部で竜崎と諍いになった時は、僕の方からいち早く
「嶋倉千代子!」というようになった。

父をはじめ、捜査員の人たちも、僕がいきなり「嶋倉千代子!」と叫んでも
気にせず流してくれるようになっている。
キスをするよりはマシだと思っているのだろう。


竜崎は、僕の「嶋倉千代子」が出ると一瞬残念そうな顔をしたが
特に強引な事はせず、割とあっさりと引いてくれた。

だがその後。
トイレなど人目につかない所でいきなりキスをしてくるようになった……。


「やめろよ!」

「どうしてですか?」

「嶋倉千代子で話は終わっただろ?」

「そうですが……」


なんとも言えない、不満げな顔をする。


「喧嘩とは関係なくただ単純に、」

「余計にだめだ」

「好物のお菓子が目の前にあるのに、食べられないなんて私可哀想です」

「……お菓子とか言うな」


子どものような物言いに、ほだされた訳ではないが。
何となく強く抵抗できない内に、先日などは壁に押し付けられて
舌を入れられてしまった。

しかもまた、折悪しく模木さんが入ってきて。


「喧嘩になりそうになったので」

「……」


しれっと言う竜崎に、模木さんは無言で出て行った。
どう思われたのかは分からない。



だが何だか……最近父さんがまともに目を合わせてくれない。


何となく、自分の立場が危うくなって来た気がする。


キラを捕まえるより先に、しなければならない事があるような、そんな気がする。
でも、竜崎に逆らうと面倒な事になる、というのも嫌になる程身に沁みていて。


結局僕は、もう一度と口付けてきた竜崎の唇を、ただ静かに受け容れた。





--了--





※キッシング・グラミーという魚は、オス同士が縄張り争いをする時などに
 口をくっつけあうそうです。そういう喧嘩の仕方。
 その生態を知らない頃、キスをしていると思ってこんな名前がついたようです。

 島倉/千代子ネタはある芸人さんご夫妻の話から。
 ヨーロッパで夫婦喧嘩の時にキスをするというのはLの嘘です。







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