花鳥涙月 2
花鳥涙月 2








「夜神くん。感情は落ち着いていますか?」

「ああ。いつも通りだ」

「では、少しお話していいですか?」

「どうぞ」


一分か二分、涙も止まってそろそろ沈黙が気詰まりになった頃、
竜崎が口を開いた。
もう、完全に動揺を押さえ込んでいる。
僕も鼻声にもならず、普段の声が出たことに満足した。

こういう場合、竜崎はどんな話をするのだろう。
照れ隠しに、どうでも良い雑談をするだろうか。
例えば日英の言葉の感性の違いについての見解とか。

どちらにせよ、100人の内99人はさっきの事はなかった事にするよな。
と、思ったが、やはりさすが「L」だった。


「そうなった理由なんですが、二つほど可能性が思い当たります」

「……」


そうなったって……僕が告白めいた事をしてしまった理由か?
それとも僕がおまえに特別な感情を持つようになった理由か?
それとも、泣いた事?

と頭が猛スピードで回転し始めたが、ここは黙って続きを促す。


「一つは、あなたはお若いので、性と愛を混同している可能性」


やっぱりか……。
なんなんだおまえは。


「セックスなんて、所詮雄しべと雌しべです。
 肛門性交であっても変わりませんし、気持ち良いですから、ゲイでなくとも、
 肛門の中から前立腺を刺激して楽しむ人は沢山います」

「……」

「あなたはその快感に目覚めて、それをもたらした私との間に
 『愛』とかいう不定型な物が存在していると錯覚した」

「……」

「というのはどうでしょう?」

「どうでしょうと言われても。
 逆に聞くけど、おまえには僕がそんな錯覚をする人間に見えるのか?」

「分かりません。が、夜神くんは私と同程度には幼稚ですし、
 私なら錯覚する可能性は十分にあります」


僕は、肉体と精神は全く別の物だと考えている。
精神構造がシンプルであればあるほど、両者を統合出来るが
生憎僕はそのタイプではない。
竜崎と一緒にしないで欲しい。


「では、もう一つの可能性なんですが」

「何」

「あなたがキラだから」

「……」


酷い言い草だ。
自分に愛を告げた者に、それが犯罪者の証拠だと突きつける。
やはりこいつに、人並みの「心」というのものはないのだろう。


「ミサさんは、キラだった頃にあなたに出会い、恋に落ちた。
 記憶を失ってもあなたの事もその感情も忘れていません」

「だから?」

「あなたも、キラだった頃に私に出会って、殺したい程執着した。
 そして記憶をなくしても残った強い執着心を、現在のあなたが持て余した挙げ句
 恋着と誤認したのではないでしょうか」

「違う」


即座に言い返してから、もやもやとした。
記憶を失っているのだと言われたら、それは「否」と即断出来る事柄ではない。

それでも。僕は。


「……そんな、恋とかそんなんじゃないんだ。僕もゲイじゃないし」

「では、何なんでしょうか」

「うーん……言うに言えないよ。
 ただおまえが、僕にとって特別だというだけで」


きっと竜崎に、謂われのない感情というものは存在しないのだろう。

信用実績が基準値に達したから信頼する、
セックスの素質や技術が偏差値幾数以上だからセックスする、
そんな行動原理なのだろう。

僕だってこんな、自己分析の届かない事は初めてで
人の事を言えないけれど。


「ではそれは、殺意に置換可能な執着と思っても?」

「正直、独り言でここまで突っ込まれるとは思わなかったな」

「あなたが泣かなければ聞き流していました」


そう、涙。
あの涙が、竜崎に聞き流してくれるなと、分かってくれと訴えた。
そう思うと、僕の肉体は僕の精神に対してなかなか反抗的だという事になる。


「つい口をついて出てしまったと思ったけど、どうも僕の深層意識は、
 リスクを負っても伝えたかったらしいね」

「それは……だからこそキラらしくない、と言いたいのでしょうか」

「いや、生半可な気持ちじゃないって事だよ」

「そうですか……だとしても、私はお応えする事は出来ません」

「分かってる。だから、今日の事は忘れてくれ。
 僕も一度言って気が済んだから」


今まで断ってきた、沢山の女の子はこんな気分だったのか、と思う。
両想いが成立しなかったからお互い忘れましょう、って言っても
そう簡単に忘れられるもんじゃないよな。
僕は本当に忘れてたけど。


「忘れません」

「……え?」

「人としてどうかと思われるでしょうが、構いません。
 私はあなたのその感情に、付け込みます」

「……」

「私に特別な感情があると言うのなら、どうかキラ捜査に協力して下さい」

「……」



ああ、コイツのこういう所、嫌いだ。
生理的に受け付けない。
相手の気持ちを利用するなんて。


……それでも。


敢えて「付け込む」と明言するのは、竜崎なりの誠意なのかも知れない。


僕は頭の中で、竜崎の嫌な部分と、どろりとしたモノトーンの世界に戻る事を
素早く差し引きした。


結果は、



「……いいよ。何でも言ってくれ」





--続く--





※タイトル毎に「了」と書くのやめました。
 ご存じの方も多いでしょうが、「月が綺麗ですね」と「わたし、死んでもいいわ」は
 明治時代、それぞれ別の人が「I Love you.」を和訳したものです。
 mさんに感謝。






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