神社再詣 3 二、一、ゼロ……。 ……。 ……。 …………? 「……死……なない?」 「驚きました?」 「……」 平然とした竜崎が、ノートからぺろりと何かをめくる。 「トレーシングペーパーをページの上に乗せて書いてました」 「……!」 思わず膝から崩れる。 11月だというのに、どっと汗が流れた。 「おまえ……!」 どういう悪戯だ。それで僕に一矢報いたとでも? なんて幼稚な嫌がらせだ! と言ってやろうか考えたが、それより、何か……きな臭いような…… いや、さっきから認識はしていたけど、それどころではなくて 脳が処理を一番後回しにしていた。 パチパチ…… 乾いた枝の爆ぜる、小さな音が続いている。 気がつけば、辺りが明るい。 竜崎の足元に、小さな焚き火が出来ていた。 「おい……」 「さすが、枯葉はよく燃えます」 いつの間に?どうやって? そう思っていると、竜崎は僕に見せ付けるように手を振って 傍の木の幹を一撫でした。 コンマ五秒程遅れて、手品のようにその掌の中に小さな火の玉が現れる。 「硫化燐マッチです。トリックという程の事でもありません」 竜崎はつまらなそうに言って、手の中の炎を既に大きくなり始めている 足元の火の中に投げ入れた。 そのマッチ棒を目で追うと、 「デスノート!」 炎の中に、濃色の表紙のノートが見えた。 と言っても、既に白い部分はない。 見えない手がページをめくっているかのように、黒く焦げた紙が 熱圧ではらはらと動いている。 ……見間違いと思いたいが、今回は違うだろう。 トレーシングペーパー一枚や、マッチ棒二、三本なら見落としただろうが ノートやそれに類する物は絶対に持っていなかった。 偶々その辺りにノート状の何かが落ちていたとも考えにくい。 それでも、思わず死神を振り仰いでしまう。 「リューク!」 「あー、せっかく久しぶりの人間界だったのになぁ」 「……やっぱり本物か」 「ああ。間違いなく本物だ。じゃあな、ライト。死神界から見てるぜ」 長らく共に暮らした死神は、僕の手の中から残りのリンゴを毟り取ると 束の間の再会を惜しむ様子もなくノートを燃やした煙と共に、空へと羽ばたいて行った。 呆然としながらもしばらく竜崎を観察したが、記憶を失った様子はなかった。 さっきのノートは、竜崎が所有者のはずだが、ノートが消滅しても リュークがいなくなっても、何も変わらない。 つまり、もう「捨てる」事は出来ないノートなのだろう。 「デスノートの所有権を放棄する」と言わせられるものなら試しに 言わせてみたいが、所有権の事を知られるリスクを負う割りに 記憶を失ってくれる可能性は低そうだ。 「……どうするんだ、ノートを燃やして。おまえも僕も、死ぬぞ」 「嘘なんでしょう?」 「……」 「あなたがキラだとしたら、あの13日のルールは後から加えられた嘘のルールです。 という事は、それと一緒に書かれていた、ノートを破棄したら ノートに触れた者は死ぬというのも嘘です」 「万が一、とは思わないのか?」 「思いましたが、だとしても死ぬのはあなたと私、第二のキラの三人で済みます」 やはり、目的の為には手段を選ばない。 自分の命すら、捨て駒にしてしまえるメンタリティの持ち主だ、Lは。 「……最初から、このつもりだったのか?」 「まあ、第二のパターンです。理想はデスノートもあなたも確保する事でした」 「やっぱりそうか……」 「すみません」 「悪いと思ってないだろ」 「すみません」 完全に火の始末をした後、僕たちはその場を後にした。 火薬でも振りかけたらしく、ノートは驚く程短時間で灰になっていた。 「火が完全に点くまで、どうしてもあなたの注意を逸らす必要があったので ああいった形を取りました。嫌がらせじゃないんですよ?」 「僕の携帯……どうしてくれるんだ……」 「すみません。明日早朝探させます」 「これは?どうするんだ?」 じゃらりと、手錠を上げて見せると、流石の竜崎も苦い顔をした。 手錠の鍵は携帯より見つけにくいだろうし、明日見つかっても意味がない。 「夜神くんがそんな子どもっぽい事をするというのは想定外でした……」 「タクシーに乗るにしても目立つぞ」 「仕方ありません。例によってゲイカップルですね」 竜崎が鎖を手繰って束ね、僕の腕に自分の腕を絡ませた。 外から見ればどう考えてもそういうプレイの直前か直後だ。 冗談だろうがゾッとしない。 「……燃える物のない場所だったら、どうしたんだ? 火薬だけだったら表紙だけで燃え終わったかも知れないぞ?」 「私の服、いつもと同じに見えますが今日は化学繊維です。 いざとなったらこれを脱いで着火剤にしましたし その隙がなければ抱きしめて私ごと燃やすつもりでした」 「……」 壮絶な事を、淡々と語る。 僕の敗因は、その覚悟の差だと思った。 そうだ。 今日は、完全に僕の負けだ。 僕は、竜崎にノートを持ち逃げされないか、名前を書くことを拒まれた場合 どう書かせるか、という事しか考えていなかったが 竜崎はデスノートを消滅させる事に、命を懸けていたわけだ。 二人ともノートを手にしない(出来ない)というのは、僕の中では 最悪の引き分けパターンだったが、竜崎が勝ったと思っている以上 必然的に僕は負けだろう。 それに、曲がりなりにもデスノートに名前を書かれた。 竜崎の救済がなければチェックメイトだ。 自分の甘さを思い知る。 コイツ相手には、常に命を張らなければ勝てない……。
|