神社再詣 1 翌夕。 午前中僕が熱を出していた事もあり、病院に行くという名目で出かける事にした。 何故Lも行くのかと聞かれるかと思ったが、手錠時代の感覚があるのか 誰も何も言ってこない。 「徒歩での外出は、本当に久しぶりですね」 「ああ」 「で、場所はどこですか?」 「都度言うから、黙って着いてきてくれ」 滅多に乗らないエレベーターの、軽い浮遊感が妙に懐かしい。 自分が随分長いこと、高い場所に暮らしていたのだと実感した。 これから、デスノートを取りに行く。 竜崎にとっても僕にとっても、運命の分かれ道となる筈だ。 不安はないが、少し緊張はする。 竜崎が、もし僕を裏切る……というかキラを捕らえるつもりなら。 僕が隠しているデスノートを手にした時点でチェックメイトと考える筈だ。 そして僕が勝つには、最低、その先竜崎にデスノートに名前を書かせる所まで 行かせなければならない、と。 竜崎にとって、デスノートに名前を書いた後の事というのは未知数だ。 実際は相手が死ぬだけだが、僕が竜崎が書くことを条件に出した以上 書いた本人にもリスクがあると考えるのが通常。 それに、一応全世界の死刑囚の事を調べていたようだが 公式に許可を取ってある訳ではないので、殺せば違法だ。 リスクを度外視しても出来れば名前を書きたくないところだろう。 つまり、竜崎がデスノートに触れた瞬間から名前を書き終わるまでの間が 勝負という訳だ。 竜崎にも、僕がそう考える事は分かるから、いずれにせよノートを手にするまでは 下手な動きはしない。 最大限に僕の意を汲んでくれる筈だ。 「交通手段は……少し歩いてタクシーを拾いますか」 「ああ」 よしよし、第一関門はクリアだよ、竜崎。 おまえがあの、スナイパーな老紳士の運転する車で行こうと言ったら そこで交渉は終わりだった。 おまえの息が掛かっていそうな車を用意しても。 僕たちは軽装で、いつになく緊張しながらビルを出る。 竜崎は僕の指示通り携帯電話を置いて行き、 面倒くさがらずに僕が言った通りに動いた。 第二関門クリア。 そこまで、お互い言葉少なだった。 当たり前だ。 僕にとっても竜崎にデスノートを見せるのは大きな賭けだが、 竜崎にとっても、目の前で僕にデスノートを手に取られるなんて 不本意過ぎるだろう。 だが逆に、僕の気が変わって、僕がキラだなんて冗談だ、取引なんかしない、 そう言われてしまってもそこで手がかりを失う。 竜崎の命は風前の灯だ。 デスノートを手にするまでは僕の方が有利だ……間違いなく。 けれど、そこからが本当の勝負だ。 僕は2ブロック歩いた所でタクシーを拾い、竜崎を押し込んだ。 それから最寄のデパートの前で降りて、店内に入る。 懐中電灯と園芸用シャベルとリンゴを買って別の出口から出て、またタクシーを拾った。 第三関門クリア。 「何をしてるんですか?」 「おまえの手下に尾行されて、デスノートを手にした途端に狙撃されては堪らない」 「ああ、それで本部ビルの入り口で出たり入ったりさせたんですか?」 本部のビルは、入るのは大変だが出る時のセキュリティチェックは甘い。 だから、一旦竜崎と外に出て、もう一度中に入らせたのだ。 金属探知機に発信機等が掛からないか、じっくりと観察させて貰った。 「そんなに用心しなくても、そんな事しませんよ」 「勿論おまえはそんな事はしないだろうけど」 「最悪手足を撃つくらいで、絶対に銃殺はしません」 「……皮肉が通じないのか、脅されてるのか」 「私は本当に、もう一冊のデスノートを試してみたいだけです」 竜崎が、少し慌てたように言う。 痛快だった。 あの世界の切り札が、僕の顔色を伺っている。 操り人形のように自由に動く。 それから更にもう一度タクシーを乗り換えて、日が暮れた頃 僕は、目的地に向かった。 「ここは……」 「ああ。我ながら、怖い事をしたよ」 いつか竜崎と来た、神社。 前回は大きな木の周辺を探索したが、正解は大きな倒木の傍だ。 だが、前回邪魔が入らず、僕の気が済むまで探していたら 絶対に見つかっていた。 自分の洞察力が怖い。 「季節と時間が違うと、だいぶ雰囲気が変わりますね……」 竜崎はそう言いながらも、前回蚊に食われまくった事を思い出したのか 袖を伸ばして首を竦める。 「そうだな。この季節、日が暮れてから神社に来る者は殆どいない」 「不気味ですしね。というか偶にはいるんですか?」 「丑の刻参りとかね……」 「脅かさないで下さい」 やはり暗闇は人を不安にさせるのか、竜崎も僕もここに来て 意味のない事を言い合いながら灯篭の灯が照らす参道を進む。 人がいない事を確認して既に懐かしい手錠を取り出し、竜崎の手首につけた。 もう片方も僕の手首につける。 カチ。 自分の手首に填めた瞬間、思わず笑みが漏れてしまった。 勝った……。 竜崎がもし、デスノートを証拠として押さえ、僕を捕縛したいなら。 誰かに尾行させてデスノートの在り処に辿り着いた途端に逮捕するか、 デスノートを掘り出した瞬間、ノート入りの缶を持って逃げるか、 どちらかしかない。 尾行対策は徹底的にしたから前者はない。 後は後者しかないが、竜崎がどれほど俊足だとしても、缶を抱えたまま 僕から逃げられるとは思えない。 そして今この手錠で、その僅かな可能性も費えただろう。 こうなっては竜崎は、ノートに死刑囚の名前を書くしかない。 もし竜崎が僕を裏切るつもりだったとしても、もう不可能。 僕の、勝ちだ。 森の方に道を逸れると真っ暗だったが、木々の向こうの微かな街灯りと 記憶を頼りにしばらく進んだ。 完全に尾行がいない事を確認してから、懐中電灯をつける。 不気味な切り株を照らし、横に動かすと、見覚えのある木があった。 「ここ……ですか?」 「そう。掘って」 シャベルを差し出すと、竜崎は嫌そうな顔をしていたが、 この場での力関係を思い出したのだろう、袖をまくって受け取り、しゃがみこんだ。 さぞや屈辱を感じているだろう。 だが、浮かれている場合ではない、ここからが正念場だ。 ノートは、ミサが掘る事も想定していたので、それ程深くは埋めていなかった。 少し掘ると、すぐに布ガムテープに巻かれた缶が出て来る。 緊張が、高まる。 手を出すと、竜崎は抵抗もせず渡した。 蓋を開けると、中から懐かしいノートが現れる。 「……」 「……」 軽くページをめくって、ミサへの手紙をさりげなくポケットに入れた。 さりげなくと言ってもあからさまだが、竜崎は追及しない。 「竜崎。持ってみて」 「い、いいんですか?」 まずは、竜崎に持たせなければ……。 このノートの所有者を、竜崎にする。 それが僕の計画の第一段階だった。 「……」 竜崎が、缶の中のノートに指先で触れた途端、虚空を見つめて目を見開く。 僕も少しだけその表紙に触れた。 途端にバサバサッと大きな羽音が響く。 「はーっ、やっとこっちに戻って来れた」 「……久しぶりだな、リューク」
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