ジャンク・ノート 3 「月くん……」 「何?」 小さな呼び声に、起きていたかのように反応出来たのは、やはり 僕も眠りが浅かったのだろう。 寝返りを打って竜崎の方を視ると、裸のまま体を丸めて枕に座り込み ぼんやりと天井を見上げていた。 「どうした?」 枕元の時計を見ると、まだ夜明け前。 新聞配達が来るか来ないかといった時間帯だ。 「こういう事は久しいです」 夜中と言って良い時間に人を起こして置いて何がだ、と思って見ると、 足の間に見える竜崎の陰茎が……天を向いていた。 「朝勃ち?」 「ですね」 「ああそう……生理現象だから恥ずかしがる事ないよ。 っていうかなんで僕を起こし……」 竜崎も男なんだな、と他人事のように思っていたが、 話している途中で目が覚めてきて気付いた。 僕のパジャマのズボンも、テントを張っている……。 「どういう事でしょうね」 「偶然。に決まってるだろう」 「そうでしょうか。昨夜寝る前、抱き合った事と無関係とは思えないのですが」 「竜崎はそうかも知れないが、僕は関係ないと思う」 初心な竜崎が、人肌の温もりに無意識に興奮してしまったというなら分かる。 何故僕が、自慢じゃないが女慣れした僕が、男と少し触れただけで勃起するんだ! 「一応釘を刺しておくけど、人前で僕と抱き合ったとか抱かれたとか言うなよ」 「何故ですか?」 「誤解を招くから」 「誤解じゃないと思いますけど」 「ああやっぱり言っておいて良かった。理由はともかく絶対に言うなよ」 「分かりました。で、これどうしましょう」 「どうって……放っておけば納まるだろ」 「でも眠れません」 「どうしたいの」 「射精すれば早く納まる筈です」 「じゃあすれば」 「どうすれば射精出来るのか分かりません」 「……まじ?」 「マジです。あ、夢精はしたことありますよ」 僕より年上の成人男性が……マスかいた事もないなんて事があるのだろうか。 いや、決めつけてはいけない。世の中には色んな人がいる。 「なかなか聞ける事ではありません。 丁度良い機会ですので、月くんが教えてくれませんか?」 「いや……普通にこう、手を添えてしごくとか」 何故この時瞬時に断らなかったのだろう。 教えるまでの事でもない、という思いに、つい教える意思があるような態度を 取ってしまった。 「うーん、滑りません」 薄暗い部屋の中、無表情のまま自分の一物を握って不器用に動かしている竜崎。 という絵面も何とも言えない。 「まあ、手を滑らせなくても皮をこう……」 「勃起状態で動かせる程余ります?」 「余らないけど!」 仕方がないので、バスルームに行ってシェービングローションを持って来た。 「取り敢えずこれで代用しろよ」 「ありがとうございます。ついでに手本を見せて下さい」 「……」 竜崎の無表情な視線が、僕の股間に当てられる。 ああ。確かにまだ勃ってるよ! バスルームに立って行って、戻って来てもまだ静まっていない自分が呪わしい。 仕方がない……ここまでの流れに棹させなかった自分にも責任はあるだろう。 僕は大きく溜息を吐いて、それでも下着から取り出した。 同性に局部を見せる、羞恥心は何故か湧かなかった。 「こんな感じで手につけて。体温で暖まるまで少し待って」 「慣れてますね」 「……こう、握って、そうだな、最初はカリをあまり強くこすらないように、」 「はいミスター」 バカだろ……夜中に男二人で差し向かいでチンポ出しあって。 僕に、後々誰かに知られては困る過去は必要ないと思っていたので よくある若気の至り、十代のバカ騒ぎ、といった物には縁がなかった。 若さを理由にしてハメを外しまくる友人達に、形ばかり話を合わせたが 自分自身は絶対に荷担しなかったし誤解される証拠も残さなかった。 父が警官であるという自負や自制心もあったと思う。 だからこんな……中学の修学旅行かというような状況になっているのが 不思議でもあり、それがよりによって東大トップ合格の二人かと思うと 変な笑いもこみ上げてきた。 「ん、……」 「はぁ、はぁ、」 色っぽくもない淫声が部屋の中に流れ、僕も長い長い禁欲生活の末なせいか すぐに高まってくる。 ……と、竜崎はどうだろうとその手元に目をやると。 ゆっくり、早く、上下する掌、器用に動く親指。 見覚えのあるその仕草。 竜崎は、僕に一瞬遅れて全く同じ動きをなぞっていた。 「ちょっと……自分なりにアレンジしろよ。気持ち良い場所は人それぞれなんだから」 「私は良いです。初回はシャドーウイングさせて下さい」 くそっ!本当に何考えてるんだ!気味の悪い事をするなよ。 僕は溜まってるんだ。50日間、ろくに動くことも出来ない状態で 餌だけ与えられて24時間監視され続けて。 今も我慢すれば出来るだろうが、刺激すれば無意識に快感を追ってしまう。 いつもよりずっと早く達ってしまう。 つまり、竜崎と同じ条件で竜崎より先に射精してしまう可能性が高い。 それだけは、絶対に耐えられない。 ……でもここまで来て中断するのは……対竜崎としても、肉体的にも、辛い。
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