ジャンク・ノート 1 長い監禁生活は、本当に辛い物だった。 期限も定めずに閉じこめられて、よく耐えられたと思う。 自分はキラじゃない。 いつか絶対に分かって貰える。 それだけを信じてここまで頑張ってきた。 だから、拘束を解かれた時は信じられないほどの開放感に目眩がする程だった。 伸びをすれば体はめきめきと音を立て、懐かしい普通の生活が送れる希望に ホテルの空調の風までが森林のそれのように美味しく感じられる。 と同時に。 ……拘束中、性欲が溜まっていると思ったことはないが、 久しぶりにシャワーを浴びた時に触らなくとも勃った。 驚いてシャワーの湯を掛けると、それだけで達した。 カメラに背を向けていたし、手を動かさなかったから誰にも見られていないと思うけど 溜まっていたんだなぁ、と妙に感心した。 「ダブルベッド、か」 「シングル二つの方が良かったですか?」 「まぁ、ねぇ。男二人でダブルベッドはゾッとしないな」 「先に聞けば良かったのですが時間がなくて」 「ダブルの方が良いと判断した?」 「はい。ホテルのツインも悪くなかったですが、この鎖の長さですと ちょっと寝返りを打つと引っ張られそうで気になります」 「僕が引っ張ること前提か。睡眠中はあまり動かない方だから安心してくれ。 竜崎の方こそ寝相が悪くなければ、別にダブルも悪くないよ」 「そうですか。それでは寝ましょうか」 孤独に精神を蝕まれていた牢から、いきなり他人と四六時中一緒にいる生活。 結局抜いたのも解放後初めてシャワーを浴びた時の一回だけだ。 慌ただしく健康診断を受けて散髪をして、人心地つく間もないが 相対的に見れば今は天国のような生活と言って良いだろう。 手錠の先には生理的に無理な相手でもなく、むしろ学ぶ所の多そうな 世界一の知性。 こんなに刺激的な事はない。 「おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 だから多少の不便には目を瞑る。 それでも他人がすぐ隣にいる状況で眠れるかと心配だったが ホテルで寝ていた時より上質なクッションに、瞼を閉じると共に意識を失った。 カチ。カチカチカチ。カチカチ。 「……おはよう」 「おはようございます。起こしてしまいましたか?」 「いや、もう良い時間だ。寝過ごした」 新しい捜査本部に移って三日目。 ノートパソコンのキーボードの控えめな音で目が覚めた。 隣で竜崎が、枕に座り込んでまた珍妙な手つきで何かを打ち込んでいる。 「何……やる気出たのか」 「いいえ。サカモト・リョーマの暗殺犯を割だそうと思いまして」 「ああ……そう。無理だよそれ」 「どうしてですか?」 「手がかりも情報も少なすぎる。それに今までさんざん考え尽くされてる。 当時の人間は全員死んでいるから、今更聞き込み調査で新事実が 出てくる事もないしな」 「これまでもそういった事件を解決してきましたよ、『L』は。 他人が考えて無理だったからと言って思考停止するとは月君も案外月並みですね。 それにこれは暇つぶしですから、ネットで集められる情報のみという縛りで 何藩のどういう立場の人か、という所まで分かれば良いと思っているんですよ」 「ごめん、ちょっと寝起きで」 「話が理解出来ませんでしたか?」 「殴る気力がない」 僕とミサからキラの容疑が晴れ、あるいはキラの能力と記憶というのは 人から人へ渡って行く物かも知れないという可能性が出てから 竜崎はあからさまにやる気を失っていた。 それで昨日殴り合いをしたばかりだ。 「そんな暇があったら、せめて資料の整理くらいしろよ」 「そういうのは松田さんとかにお任せしてるんで」
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