一盗二婢 11 「前は、ありませんでしたよね?」 「……ワイミーが植えたんだよ、あの若者が来たすぐ後に」 夜神の窓の下には、昔はなかった蔓バラの大きな植え込みがあった。 それが上手くクッションになり、松田も夜神も無事だった。 松田は夜神の下敷きになったので骨折したが。 「なるほど、夜神が脱出を企んでも、あのバラのお陰で死なないし あのバラのお陰で逃げられない、という寸法ですね。 窓の真下に立てないから外から連れ出すのも難儀ですし」 命に別状はなかったが、松田も夜神も藪の中でバラの花にまみれて ひっかき傷だらけで呻いている所をメロが捕獲した。 「私には、閉じ込められた彼を慰める為に美しい花を植えると 説明していたがね」 どちらが本当か、本人に聞かなければ分からないだろうが、 恐らく両方だろうと思う。 昔からそんな所があるのだ、ワタリには。 アイバーは自分が夜神の部屋を教えたせいと、多少は罪悪感を感じたらしい 松田を病院に送り届ける役を買って出た。 メロとニアにはしばらく謹慎を言い渡したが、ニアは元々殆ど引きこもっているし メロも仕事には行くだろうからあまり意味は無いだろう。 バタバタとした喧噪が落ち着いたのは日も暮れた頃。 私は、初めて夜神の部屋を訪問した。 「お久しぶりです、月くん」 「ああ……」 夜神は病人が着るようなゆるりとした夜着を着て、ベッドに入り、 ベッドヘッドに背を預けていた。 「おまえと再会出来るとは思わなかったな。 しかもこんな格好で」 両手の甲には包帯が巻かれ、見える場所は殆ど全て……顔や首にも、 ガーゼが当てられたりいくつものプラスターが張られていた。 「五年前、淑やかに、と言ったでしょう? 少しは懲りました?」 「何が」 「自分が男を惹きつけるタイプである事を利用して、遊んだでしょう?」 「そんなつもりはないが」 夜神は少し窓に顔を向けて言葉を切ると、口の端で笑った。 「……退屈だったんだ」 「それも自業自得です。 暇つぶしに、事件の捜査をさせてあげたでしょう?」 「足りない。少ない」 私は内心の驚きを隠しつつ、溜め息を吐いて見せた。 「分かりました。もっと仕事増やしますから、とにかくもう ご乱行は控えて下さい」 「そうしたいけれど」 夜神が肩を竦めた。 アイバーは私が言えばもう来ないだろうが、メロとニアには意地があるし 松田に至っては本人も驚きの執着心なのだろう。 「分かりました。あなたがふらふらしているのが原因なのですから、 もう誰か一人の物になって、操立てするのでという事で他の人を断って下さい」 「誰かって、誰だよ」 「私です」 「は?」 夜神は、いつか見た険しい表情を浮かべた。 「何で」 「アイバーはLでない事がバレたのですから、メロとニアに影響力を持ちません。 それは松田さんも同じです」 「なら、」 「だからと言ってメロかニア、どちらかの物になれば戦争が起きます」 「戦争って何だよ」 「二人ともあなたに執着がある訳ではありません。 ただ、彼らのお互いに対する対抗心は半端ないので、 あの二人に優劣を付ける事は非常に危険なんです」 「……」 夜神は険しい顔のまま考え込んだ。 「全員が身を引いてくれそうな『誰か』は、私ぐらいです。 ロジャーでも良いですけどね」 「やめてくれ。先方に失礼だ」 あの気難しい老人に、この若者の愛人になってくれと言ったら どんな顔をするだろう。 「……分かった。おまえの物になる」 「それでは」 私が一歩ベッドに近づくと、夜神は毛布を引き上げて身体を竦めた。 「振りだけだろう?」 「はい。でもあの三人の洞察力は常人の比ではないですから。 我々の表情、言葉で、関係がない事を見破ってしまうでしょう」 実際、夜神のほくろの位置や身体の反応等、ハッタリをかまして来そうだ、 アイバーは。 ニアはもっと陰湿な事をしそうな気がする。 「まさか」 「良いじゃ無いですか、初めてじゃあるまいし」 「……」 「仕方ないでしょう。今回のような騒ぎは二度とごめんです。 次は助けませんよ?」 「……分かった」 夜神は苦く笑って、毛布を下ろした。 だがその中に身を滑り込ませると、やはり身体を固くする。 「処女のような初々しい反応ですね」 「……怪我してるから」 「擦り傷でしょう」 「そうだな」 襟の中に手を差し入れると、青白く冷たそうに見えた肌は、暖かかった。 「……見ろよほら。鳥肌が立ってる」 「そんなに嫌ですか。嫌だと言われてもやめませんが」 「嫌というか……最初にされたのがおまえだから、身体が怖がってるんだと思う」 「そうですか。アイバーは痛くしなかったんですね?」 言いながら身体を横たえ、丁寧に夜着を脱がせていく。 衣服で覆われていた部分は怪我も無く、きれいなものだった。 「ああ……彼は、優しかったな」 「どんな風に?」 夜神は鼻白んだようだが、答える事を拒むのも、敗北だと感じるのだろう。 ぽつりぽつりと語り出した。 「……とにかく良く、指と舌を使った。 体中舐められたし、それにキスが物凄く上手くて……」 「キスしましょうか?」 「やめてくれ」 一旦収まっていた肌が、また粟立つ。 本当に嫌悪を感じているようで、思わずニヤリとしてしまった。 「嫌なら目を閉じて、アイバーでも思い浮かべておいて下さい」 「それはそれでぞっとしないけど」 久しぶりに見る夜神の身体は、五年前より骨が太くなっているようだった。 胸にしなやかな筋肉も付いている。 とは言え、私の記憶にあるのは手錠で繋がれていた頃、 一緒にシャワーを浴びた時だけだ。 抱いたときには……下しか脱がせなかったので。 「後ろは、自分で慣らします?」 「ああ……ああ、そうだな」 枕元の引き出しから、コンドームのパッケージを取り出したのを 不意打ちで取り上げる。 口先に突きつけて、 「私には、口で付けて下さい」 そう言うと、その顔がみるみる憤怒に染まっていった。 「……見てたのか?」 「はい」 「五年前から思ってたけど、おまえ本っ当に最低だな」 「でもあなたと違って不法に人を殺した事はありませんけど」 「合法的には殺した事あるんだろ」 「はい」 自分で振っておいて私が肯定すると驚いたような顔をする。 だがそれも、私が内股に手を這わせるまでだった。
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