一盗二婢 10
一盗二婢 10








昼過ぎ、黒いサングラスをした奇妙な東洋人がハウスの外壁の周りを
うろついていると報告があった。
確認するまでもないが、監視カメラを操作すると案の定松田だった。
バカみたいに目立っている……いやバカなのか。

アイバーに指示して迎えに行かせると、最初はとぼけていたようだったが
諦めて着いてきた。
談話室に入り、私が居るのを見ると腰を抜かしそうに驚く。


「竜崎……」

「Lです松田さん。お久しぶりです」

「ああ、うん、お久しぶりです」

「今日ははるばる日本から何のご用で?」

「いや……えーっと……ここって、Lの拠点なんですか?」

「違います。私も一昨日着いたばかりです」

「ああ、そうなんだ……」

「……」

「……」


答えないでいると、松田は挙動不審にそわそわしだした。


「……で、ご用は」


重ねて事務的に聞くと、松田は突然ソファから降りて
カーペットに膝を突いた。


「松田さん?」

「この通りだ竜崎!」


初めて見た……リアル土下座。
とは言え私の知識では、現代では日本の政治家のパフォーマンスでしかない
という認識なので特に心は動かない。


「本当はこっそり誘拐するつもりだったけど……バレてたんですね?」

「はい。だから一足先に来ました」

「……すみません。この通りですから……月くんを、返して下さい」


松田が、こんなに必死な姿を見たのは初めてだった。
だがやはり相変わらずだ。
ろくに説明もせずにただ体当たりで訴えかける。


「さて。何の話でしょう?
 月くんには私の仕事を手伝って貰ってます。合意の上です」

「そんな筈はない!」

「どうしてですか?」

「あの日……竜崎や月くんが日本を発つ日、月くんが僕にだけこっそり、
 本当は行きたくない、日本に居たいって言ったんです」

「……」


あのバカ……!
あちらこちらに面倒の種を蒔きやがって。
メロにしろ松田にしろ、そんな事で本当に私から逃げおおせる筈はないのだから
単純に私に手間を掛けさせる嫌がらせだろう。

それも夜神から連れ出してくれなどとは決して言わない。
メロは何とか引っかからなかったが、それでも、
松田みたいな単純で行動力だけある男は、こうして暴走してしまうのだ。


「とにかく、一度月くんに会わせて下さい!三階の角部屋なんですよね?」


アイバーがバラしたのか……。
思わず目をやると、そしらぬ顔で窓の外に庭を眺めていた。
彼はどうやらこの厄介な状況を楽しんでいる。
困った物だ。


「……その前に、会って欲しい人がいます」


私は溜め息を吐いて、メロとニアを呼んだ。




メロは一人(松田だ)、ニアは二人、見覚えのない男に引き合わされて
戸惑っているようだった。

だがメロが私に「L」と呼びかけた時、ニアが目を見開く。


「……私の事を『L』と呼んでも良いですが、私としては
 あくまでも『Lの代理人』という立場でお話しします」

「……」


メロは一目で私がLだと見抜いた。
ニアにも当然分かっただろうな……。


「で。この奇妙なメンバーを集めて、どういった趣向ですか?」


アイバーが昼頃にはなかった見事な口髭を撫でつけながら言った。


「奇妙でもない、あなた方には共通点があるでしょう」

「さあ……Lとマツダサンは過去に一緒に仕事をした事がある、
 こちらの坊やは、私が可愛がってる人に手を出しているようですね?」

「……」


嫌味な程に柔らかい視線を向けられ、ニアは拗ねたように軽く顎を引いた。


「でもこちらの、若き教授とは初対面の筈ですが」

「準教授だ。っつーかなんであんたがそんな事知ってるんだ」

「来年度から教授に、と推薦を貰っているでしょう?
 私の職業も情報勝負なので、有益な情報、今はそうでもない情報、
 色々集まって来るんです」


ただ者ではない雰囲気に、結局、メロも黙る。


「まあもうお察しでしょうし、回りくどい事を言っても仕方が無いので
 単刀直入に言います。
 集まって貰ったのは全員月くんにベクトルが向いている人たちです」

「へえ、『Light』と言うんですか、彼」

「面倒くさいから『K』でいいだろ」


メロを軽く睨むと、ニアもメロも私がこの場で敢えて「キラ」と
言わなかった事の意味に思い至ったようだった。

松田は脳天気に、「何でヤガミでライトなのにKなんだ?」と
ファミリーネームまでバラしやがる。
まあ、こうなったら仕方が無い。
メロもニアもそれを口外する程愚かではないだろう。


「とにかく松田さん、しっかり聞いて欲しいんですが、今の月くんは
 あなたの知っている月くんではないと思います」

「そんな事分かってる。
 高校に上がって随分大人っぽくなって、遠くなったな〜と思った事もあるよ。
 大学に入ったらますます、僕の理解を超えた部分もある」

「そういう事では」

「でも、根っこの部分では、やっぱり純粋で優しい月くんだったんだ!
 いくら別人のように変わっていたとしても、月くんには違いないと
 僕は確信している」


私は思わず犬のように唸って顔を顰めてしまった。


「松田さん。月くんは彼ら三人共と、楽しんでいます」

「楽しいなら結構じゃないか」

「セックスしているという意味です」

「……は?」


松田は、アメリカのコミックのように口を開いたまま目を剥いた。
アイバーとメロとニアは、狼狽えるような無様な様子はさすがに見せなかったが
まるでポーカーのカードを曝す前のようにお互いの表情を伺っている。

最初に降参したように手の内を曝したのは、メロだった。


「……していると言うか、俺は一回だけだから」


次にアイバーが口を開く。


「私は、彼を性に関する固定観念から解放してあげたという自負が
 ありますけどね」

「それはどうでしょう?彼、元から中々柔軟だと思いますよ」


ニアが対抗するように口を挟むと、


「後ろでイッたのも、恐らく私が初めてでしょうね」


アイバーが片目を瞑って返した。
ニアは奥歯を噛んだようだった。


「……回数は間違いなく私が一番だと思います。
 何せ、一緒に住んでいるんですから」

「その他大勢の子ども達と一緒にね」

「彼、今は上手ですが、最初は口を使うのが下手だったんですよ。
 練習台になった甲斐があります」


何だこのあけすけで下品な攻防は……。
ニアの口が悪いのは意外だが、アイバーはそれを見抜いて
面白がって挑発しているのだろう。

彼らの下らない舌戦を、口を開いたまま見つめていた松田は、
やがて無言でふらふらと立ち上がった。


「松田さん?」


嫌な予感がして呼び止めると、びくんと震えて止まる。
一秒ほど静止した後、


「嘘だーーー!!!!」


耳鳴りがする程の大音量で叫んだ後、駆けだして行った。


「不味いかも知れません、」


私が立ち上がると、アイバーは肩を竦め、ニアは硬く身体を丸めたが
メロは着いて来てくれた。
とは言え、夜神の居室の扉は殊に丈夫になっているので、
侵入される心配はない。

階段を見つけ、三段飛ばしで駆け上がって行く松田をのんびり追いかけていると
やがて夜神の部屋の扉に何度も体当たりしているのを見つけた。


「松田さん、無駄です。落ち着いて下さい」

「うるさい!」


その額には、血が。
骨折でもするまで体当たりし続けるつもりかも知れない。
だが、さすがにそこまで行けば落ち着くだろう、と待つ事にした。

所が。


「月くん!月くん!開けてくれ!」

『……え、松田さん、ですか?』


聞こえた途端に馬鹿力を発揮し、松田はドアを破ってしまった。


「松田さん!」

「月くん、一緒に死んでくれ」

「はい?」


私たちが慌てて駆け込んだ時には、松田はドアを破った勢いのままに
夜神を引きずり、窓にタックルする所だった。


「松田さん!月くん!」



ガシャン!!



……夜神の部屋の窓を、強化ガラスに変えようかとワタリが言ってくれた時。
彼は絶対に自殺などしないから大丈夫だと、言ったのは私だ。


スローモーションで窓の外に消えていく、松田の靴の裏。
驚愕の表情のまま、無意識のように私に向かって手を差し伸べる夜神の顔。

を、為す術も無く見つめながら、ぼんやりそんな後悔をしていた。


音の無い世界で、ゆっくりと飛び散っていくガラスの破片一つ一つが
日の光を浴びて虹色に光る。
これがオーバーレブ(知覚加速)という現象か……何とかこれを自由意思で
引き出せない物か、

そこまで考えた所で、窓の外から、ドン、と嫌な地響きがした。






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