一盗二婢 8
一盗二婢 8








その日、松田は来なかった。
まあ日本で普通に社会生活を営んでいたら、好きなタイミングで
海外に飛べるという事はないだろう。

夜になり、アイスクリームを食べながらモニタを眺めていると、
シャワーを浴び終わった夜神の部屋に、訪問者があった。

メロだ。


『メロ……どうした?』


メロは夜神と、既にコンタクトを取っていたのか。


『いや、ちょっと話がしたくて』

『うん。丁度僕も、そろそろ君と会いたいと思っていた』


……本当に、酌婦か娼婦のような媚びた物言いをする。
いや、彼は前から愛想は無駄に良かったか。
だとしても、少し苛々とした。


『K……Lって知ってるか?』

『……いきなりだな』

『時々あんたに会いに来るあの男、Lじゃないのか?』

『違う』

『そうか。本物のLを知ってるんだな?』

『……』


それだけのやりとりだが夜神は少し固まると、やがて五年前のように
大きく息を吐き、ベッドに腰掛けて足を組んだ。


『もう……腫れ物に触るような扱いは必要ないよ。
 Kなんて呼ばなくて良い。僕が……キラだ』


あっさりと言い、天を仰ぐ。


『K……』

『僕がキラだって……自爆してしまったから、ここにももう
 居られないんだろうな』

『そんな!』

『いいんだ。バレてる事、自分でも分かってたし』


メロは無言で唇を噛んでいるようだった。


『五年前、Lは僕を捕縛したが諸事情あって司法には引き渡せないんだ。
 勿論キラだと公にする訳にも行かないから、誰かが僕がキラだと
 気づいた時点で、僕は消えなければならない』

『……』

『何だか、おとぎ話みたいだよな』

『……消えるって、まさか……この世から、じゃないよな?』

『さあ。それはLの判断だろうけど』


夜神は座ったままどすんとベッドの上に仰向けに横たわると、
腹の上で指を組んだ。


『今までありがとう、メロ。君がニアがまともじゃないと言ってくれたから、
 僕は正気を保てた』

『……別に。あいつがおかしいのは本当の事だし』

『でもニアも、君たちがLだと思っていた男も、僕を……一人の男として
 扱ってくれなかったから、もう少しで心を亡くす所だったんだ。
 助かったよ』


……罪もない人間の命を、「残念だ」の一言で済ませた男。
心など、とうの昔に失っている。いや自分で捨てている。
騙されるな、メロ。


『俺が……あんたを、攫って逃げたら……どうなる?』

『無理するな』


メロ……夜神の思う壺ではないか。
夜神はおまえの同情を引き、脱出の手助けをさせようとしているというのに。

黙り込んだメロに、夜神が最後に一押しするように、囁いた。


『メロ。最後に何かお礼は出来ないか?』

『……』

『僕に出来る事があったら何でも』

『それって』


遮った鋭い声に、画面の中の空気が、凍るのが見えるようだった。


『俺に、あんたを抱けって事か?ニアみたいに?』

『……もし君が、興味あるなら、だよ』

『何で男にほいほい身体を開く?
 あんたには男のプライドってもんがないのか?』


メロが感情を高ぶらせている。
失敗したな、夜神。
私は思わずくすりと笑った。


『ないね』


夜神は開き直ったのか、突然吐き捨てる様に言うと自ら襟のボタンを外した。
それから寝転がったまま足を組んで、肘枕をして


『十八の頃からこの部屋を一歩も出られず、この身も命も、Lの気分次第だ。
 世を儚んでも仕方ないだろう?』

『だからって』

『いい気味だよ。Lの知らない所でLの知らないイイ事してる。
 僕だって楽しんでるしね』

『……嘘だって気づいて、』


「私」がニアに、夜神を抱けなどと命令する理由は無い。
そんな事はお見通しだろう。


『君が僕を抱きたくないのなら』


メロの言葉を遮るように重ねた夜神は、そこで少し笑って息を潜めて。


『……抱いてやろうか?』


ニヤニヤした夜神をしばらく睨んでいたメロだが、
やがて無言で覆い被さった。


『ちょっと、乱暴な事は、』

『プライドなんかないんだろ?こうするのがいいんだろ?』


そう言いながらメロはわざと夜神のシャツを引き裂き、ボタンを飛ばした。


『……まあ、いいけど。
 ローションとゴムは、ベッドヘッドの引き出しの中だ』

『うるせえ』


怒っているようでいて、少し泣きそうな声で怒鳴って、
メロは夜神の首元に顔を埋めた。
それからは無言で服を脱がせあい、二人のゆっくりとした息づかいが
だんだん荒くなる。

そして。


『い……いくら何でも、もうちょっと濡らせよ、っていうか……痛っ!』

『……』

『抜け!抜いてくれ!慣らさないと、……ぐっ』


どうやらメロは、女性を強姦するように準備も何もなく突っ込んだようで、
さすがの夜神も悲鳴を上げていた。


『おま、最、悪……』

『てめえに言われたくねえ』

『しかも、ゴムつけてないだろ』


それからもメロは身体を硬直させた夜神相手に一人で動いていた。



私は醒めた頭でそれを眺めていたが、その時隣のモニタ……三階廊下に、
白い影が。
なんなんだ……このタイミングで、ニアだ。

ニアは夜神の部屋の前まで来て鍵穴に鍵を挿そうとして
(セキュリティ上、電子ロックよりもアナログキーの方が有効だという
ロジャーの方針だ)止まった。

中の気配に耳を澄ませ、中に夜神以外の人間が居ると確信したのだろう、
そうっと鍵を回し、ゆるゆるとドアを開く。

私が思わず身を乗り出すと、メロが頑張っている画面の端から
白いパジャマの影が現れた。


『……何やってるんですか?』








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