一盗二婢 7 翌朝も私は、朝食すら取らずにニアと夜神の事を考えていた。 昼前になって、私の到着を知らないロジャーが慌てているだろうと気づく。 そっと図書室に出て、事務室に行くとPCに向かっていたロジャーが眉を上げた。 「遅くなって申し訳ありません。到着しています」 「……あんたが、Lなのか」 「そうですが何か?」 「いや。私の勘違いだったようだ」 何の事だと言葉を続ける前に、ロジャーは「ブランチは?」と続ける。 「ならパンケーキかフレンチトーストでも」 答えると内線でどこかへ指示を出し、再びPCに向かった。 「あの」 「あんたのお陰で無駄なメールを打ってしまったじゃないか」 「はぁ、すみません」 それから手で追い払われたので、やむなく事務室を後にした。 Lとして、こんな対応をされたのは初めてだ。 ワタリから、ロジャーは子ども嫌いだと聞いていたが、あれでは 子ども嫌いというよりは人嫌いだ。 それから食堂へ行き、用意されたパンケーキにたっぷりとメープルシロップを塗る。 事務室を出た辺りからずっと、こっそりと観察されている気配を感じていたので 不意打ちで顔を上げると、金髪頭がドアの影に引っ込むのが見えた。 「隠れても無駄です」 言ってから一口頬張ると、諦めたように一人の子どもが出て来る。 いや、子どもと言うよりは、もう青年と言って良い。 本来ならこの院にいる筈のない年齢だが……。 「あなた、メロですね?」 昔見た資料の記憶を辿りながら言うと、無言で頷いた。 「まだここに居るのですか」 「……いや。普段はケンブリッジで犯罪学の講義を持ってる」 「ああ。教授になったんでしたっけ」 「準教授だよ」 丁度昨夜、ニアが「その内メロか私がLになる」と言っていた。 この子も何か知っているかも知れない。 と思っていたら、先に口を開かれた。 「あんたが、Lなのか?」 「さあ。何故そう思うのですか?」 「何か……雰囲気が」 メロは溜め息を吐いて黒いシャツの袖を少しめくり上げ、また戻した。 「私がLかどうかはともかく、あなたと私が話す機会はこの先そうないと思います。 知っている事を全部教えてくれませんか?」 言うとメロは考え込んでいたが、やがて決心したように口を開いた。 「……五年前、このハウスに若い男が来たんだ」 夜神の事だ。 「知っている事は何だ」などと、言わずに、的確に私が聞きたい話を察知する。 なかなか優秀だと言って良いだろう。 「十歳以上の新入りってのも特殊だし、三階の一部屋に幽閉されて 時折窓から外を見てるだけ、ってのも、否応なしに興味をそそった」 「でしょうね」 「みんなラプンツェルってあだ名で呼んでたけど、オレはあいつが……」 メロが言葉を切ったので、目で続きを促すと 少し恥じらうように目を泳がせて、 「当時世界を騒がせていた、キラなんじゃないかと思った」 「ほう」 「世界の切り札」を前に、自分の推理を披露するのは気が引けるだろうが その内容は当たっている。 メロは正解か否かを占おうとするように、私の目を覗き込みながら続けた。 「東洋人で、Lと繋がりのあるこのワイミーズハウスで極秘に監禁されて。 新たなキラの裁きの報道がなくなった時期とも丁度一致する」 「なるほど」 「しかも時々あいつに会いに来る、得体の知れない男が居て…… そいつがLなんじゃないかって、ほぼLだろうって思ってたんだ」 夜神に会いに来る男……。 アイバーの事だな。 「それで」 「脳天気そうに見えたけど、目つきがただ者じゃなかったから……。 でも今は、あんたがLだと思う」 「あなたのプロファイリングで?」 「いや……むかつくけど、Lに一番近いと言われているニアと、 似た雰囲気をあんたが持ってるからだ」 要するに勘、か。 勘も当たれば立派だ。 何故そう思ったかなどは、当たってから考えれば良い事なのだから。 「で。私がLで、その若い男がキラだとしたら、どうなりますか?」 「……別に。どうもならないけど、一つだけ聞きたい」 「はい」 「Lにとって、キラとは何なんだ? そして、キラの元に通ってるあの男は何者だ?」 私にとっての夜神は……興味深い頭脳を持った、荷物。 「……その、キラの元に通っているという男は……キラの 愛人という事になるんですかね、男同士で」 「キラというブランドの前では、男か女かなんて些末な問題だ」 メロはポケットからチョコレート・バーを取り出し、銀紙をめくって ばり、と丸囓りした。 「……ニアは、あいつがLだと思ってるから」 「はい」 「そのLの愛人のキラを掠め取って、ご満悦だ」 苦々しげに、吐き捨てる。 と同時に、真顔で頷いた私を少し訝しげに見た。 「驚かないんだな?」 「はい。知ってますし」 「そうか」 それからまた少し考えて。 「もうはぐらかさないでくれ。Lにとってキラとは?」 「過去に手がけた事件の犯人で、それ以上でも以下でもありません」 「……」 「ただ……キラ事件は、『L』が扱った中で最も大きな事件でもありました」 あくまでも私がLだとは認めないが、メロはそれで満足のようだった。 「ところで、あなたにとってキラとは? ただのラプンツェル?」 「……やっぱり、興味はあるよ。びっくりする程若い男だしな。 でも、ニアみたいに男の身体を無理矢理奪う趣味はない」 「無理矢理でしょうか?」 「無理矢理だね。 ニアはあいつを『K』と呼んで……」 ああ、ニアが言っていた「ケイ」とは、KILAの「K」だったのか。 途中で言葉を切ったのを、目で促すと言いにくそうに続けた。 「Lの命令だと嘘を吐いて、何でも言う事を聞かせてる。 セクサロイドか何かみたいな扱いだ」 「……あなたは、違うんですか?」 「え?」 「その『K』の事を、物扱いしてないんですか? 単純にニアに対抗して、ニアから奪いたいだけなんじゃないですか?」 「てめえ!」 メロが顔を真っ赤にして立ち上がった。 「ああ、誤解しないで下さい。好きにして良いと言っているんです。 別にKが愛人でもロボットでも何でも良い」 「……!」 「彼がキラだと私の口から言う事は出来ませんが、 人権がない存在だというのは確かです」 「……初めて、年上の男を殴りたいと思った。殴って良いか?」 「困ります。私は退散しましょう」 言いながらパンケーキの皿とメープルシロップを持って食堂から出る。 去り際に「頑張って下さい」と言うと、フォークが飛んできた。
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